第2話
温泉施設から出て車に乗り込むとシートベルトを締めた。
「んっ」
目配せをしてしのさんが助手席に座る僕に携帯を放り投げる。駐車場から出た車は峠に向かってゆっくりと走り出した。
「もしもし」
「おーっ、今日は篠原と2人だって?パークは混んでた?」
「ぼちぼちかなぁ。しのさん付き合わせてほとんどコブ滑ってたし。今日は雪も柔くて滑りやすかったよ」
「空いてたなら俺も行けば良かったなぁ。板にワックスかけるのが面倒でさぁ。それで、何時くらいに着きそう?」
「いま温泉を撤収したところだから、あと1時間ちょっとかな」
ちらりとしのさんの様子を見るとだいたいそんな時間で良さそうだった。
「ゆっくりで良いよ。どうせほとんど定時には集まらないし。でも20時前には始めるぜ」
携帯を返して息を吐く。
「根津ちゃん、何って言ってた?」
「行けば良かったなぁって。あと、20時前には始めるってさ」
「ははっ。行けば良かったって、この台詞もう3回は聞いてるな」
軽く頷き、僕はタケ坊を思い出していた。いつの間にかスノーボーダーになっていた彼は、滑るだけなら普通に上手いと思う。ただ、キッカーで飛んだりレールを擦ったりするには常識人なのだ。180度は回せても360までは回せない。きっとそのあたりが彼のボードに対するモチベーションを奪っているのだろう。このひと月程、雪山へ誘っても理由をつけて顔を出さない日が続いていた。
しのさんとの差は、守りに入っているか後先考えていない(と僕は思っている)かの違いだろう。もちろん僕もキッカーで飛ぶことはあれど、180なんて回せない。こちらは常識人に加え小心者でもあるのだ。
市内に入ってから少し混雑したのもあり、タケ坊の言っていた20時少し前にふたりは居酒屋に到着した。
「お〜っ、こっち!」
タケ坊の声で席は直ぐにわかった。隣に座っているのはワタルだ。シーズンあたまに2~3回一緒に行ったと思う。付き合いも浅いのに名前を呼び捨てはどうかと思ったが、本人がそう名乗り、まわりもそうとしか呼ばないと呼び方は自然に固定された。
「あれっ、ワタルもいたん?今日来れば良かったのに」
しのさんが、さっさと座敷に座ってワタルに話しかける。ワタルは笑って頭をかいた。
「そうそう、また皆でツリーランしようよ」
僕がそう話しかけるとワタルも「今シーズン、あと1回は行っておきたいね」と返してくれた。
「とりあえず男は揃ったからあとは女子だな」
そう話すタケ坊に、うちら来なかったらどうする気だったのだろうと野次馬な興味がわくも、まぁワタルと2人で何とでもするかと苦笑する。
「こんばんは〜」
女の子が登場した。ふたりがタケ坊の同級生だという。一緒に連れてきた友達が3人の合計5人。日曜日の夜に9人集めるタケ坊のバイタリティには脱帽する。
乾杯の後、簡単に自己紹介して適当なお喋り。タケ坊はひとりの子を熱心にボードに誘っていた。
「スノーボードってやったことなくて。根津さん、お上手そうですよね」
女の子のリップサービスに、さすがに本人がじぶんで上手いとも言えないかと話に加わった。
「タケ坊はスキーも上手かったけど、ボードもいつの間にかこなしてたよね」
ナイスアシストといった表情を向けるタケ坊。
「最初にレンタル板履いてさ、試しにスクールで教わったんだよ。そしたらなんとなく楽しくなっちゃって」
暫くタケ坊のボード話を聞いていたが、そのうち話題もテレビやら最近流行りのカフェやらに移っていった。
とりあえず、来週はみんなで滑りに行こう!そんな感じでタケ坊が場を締める。男女ともにこのパターンでメンバーに入ってきた人もいるけど、タケ坊が熱心に誘っていたあの子は難しそうだ。
「あ〜。今日は駄目だな、たぶん」
男ばかりの帰り道、タケ坊が独り言を吐く。酔っているのでいつもより声が大きい。
「ボードやる感じの子がいなかったもんね〜」
ワタルが話を引き取ると全員無言で肯定の意思を見せた。
「来週の予定は?」
タケ坊の問いかけにしのさんが答えた。
「週末は出張なんだわ。日曜日の夕方には帰ってくるけど」
「んじゃ、秋元は?」
問いかけと同時に僕を見て肩を竦める。
「本当に好きだなぁ」
呆れたように呟かれるが、仕事以外は雪山詣でが今シーズン当たり前の日常だった。
「これからあと1時間運転かぁ。大丈夫か?」
タケ坊の声に、僕が返す。
「酔ってるのタケ坊だけだって。うちらノンアルだし」
しのさんと僕はノンアルビール。下戸のワタルは烏龍茶を飲んでいた。
「そうか、悪かったな。まあ、今度は飲もうぜ。うち泊まって行っても良いし」
しのさんの車に乗り込むとワタルの車も着いてくる。目的地はタケ坊の家の畑。いつもの集合場所は街灯もないのであたりは真っ暗だった。ワタルが車を正面に回して照らしてくれた。
荷物を車に詰め替えている時にしのさんが言った。
「来週、たっつぁん達も行くみたいだけど話しとこうか?」
「たっつぁん、1日中飛んでるよね。」
「確かになぁ」
しのさんが笑う。ひとりで出撃すると伝えると、もし乗り合いで行くならここに停めてけば良いとタケ坊が言った。時間を見れば22時半になっていた。暗い畑から3つの光が別れていった。こうしていつもの週末が終わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます