あと1点に届くまで。

武藤憲二

第1話

25番スタートよし!フラッグが振られ僕は勢いをつけて漕ぎ出した。春先の雪は滑らない。規制されたゲレンデを直滑降で早々にスピードを稼いでいく。落ち込みの手前を最初のターンと決めた。


スキー級別テスト1級、最終種目フリー。検定というものにハマって既に3シーズン目も終わろうとしていた。


ゴールデンウィークのスキー場。世間ではお花見も終わったというのにまだ雪を追いかける。基本的に今日ここにいるのはそういう人達だ。この日の空はとことん青かった。今日もきっと暑くなる。スタート地点へ向かうリフトの上で僕は昔のことを思い出していた。


「なぁ、そのくらい滑れるなら2級くらい受かるんじゃない?」


スキー後の日帰り温泉。きっかけは些細なひと言だった。元々、誰に習うでもなく見よう見まねで滑っていた。いつの間にか一緒に滑りに行く仲間も増え、小さなジャンプ台を飛んだりコブを滑ったり。最初はボードもスキーも関係なく連れ立って滑っていた。帰りには打ち上げがお約束。車で集まる連中がほとんどだからノンアルビールだったけど、なぜかそれが美味かった。雪の降り始めからの集まりもいつしか人数も増えていった。たわいもない話で盛り上がる。そんな週末がただ楽しかった。


わいわい滑るのが好きな人、とことん滑りたい人、飛んでみたい人・・・やっていれば徐々に滑りのスタイルが出てくる。普通に滑っているだけでは物足りなくなってきた時期だったのだと思う。少しずつメンバーの顔ぶれも変わっていった。


「しのさんはスキーもやるんだっけ?」


篠原将史、通称しのさん。彼はスノーボーダーだ。パウダーも狙うしキッカーも飛ぶ。レールも擦ればコブも上手い。ボードでコブを滑るのは目立つのもあり、たまに教えてくださいなんて女の子に声もかけられていた。


最初は、大学時代の友人の誘いだった。集合してみれば、その高校時代の友人も加わるという。その日3人で滑りに行ったのが始まり。翌週にはまた別の友人が混じり、しのさんの最初の紹介は、高校時代の友達のその友達だったか。でも、別の友達の友達でもあったからもう少し近しいか。つるむ人数が増えてくるとそのあたりも曖昧になってくる。もういまはお互い普通に友達と言って良いのだろう。この4ヶ月、週末ごとに顔を合わせていた。


「いや、俺も検定とか受けたことないけどさ。前に従兄弟が2級取ったって言ってたんだよ。でも、ヨシの方がたぶん上手いぜ」


人懐こい彼は、いつの間にか僕の呼び方を決めていた。ヨシは秋元由樹の名前からの一部だけれど。雑多な人間関係の中でヨシやヨシ君という呼び方が定着している。たぶん、僕の名前を知らないで呼んでいるメンバーが殆どだろう。


スキー級別テストというのは、スキー1級とか2級なんてよく聞くアレだ。その時の僕は、その存在くらいは聞いたことはあったけど、滑る種目すら知らなかった。


「そう言えば、タケ坊は最近来ないね。今日も誘ってみたんだけど」


「根津ちゃんなぁ、いま飲み会ばっかりやってるよ。あれは彼女が欲しくてしょうがないんだな。今日も帰りに飯がてら顔出してくれって言われてるけど、行く?」


「元々うちら以上にハマってたのにね。とりあえず喝でも入れに行きますか」


根津剛、彼の適当すぎる声がけからこの雪山の集まりは始まったようなものだった。いきなり電話でスキー行かない?という誘いがあり、埼玉と群馬との県境にある彼の住む街に集合した。彼は学生時代も含め実家暮らし。古くからの農家で家の前に広がる大きな畑では大根を育てているという。庭と呼ぶべきか空き地と見るべきか、車を停められるところもそこかしこにあった。全員が集合した後は、車に乗り合いで出かける。当日の朝に現地に集合してみるまで実際の人数はわからない。最大でも車が3台出れば足りたが、計画的に進めたい人であれば、さぞかしストレスが溜まったに違いない。目的地とするスキー場も、途中のサービスエリアで積雪情報を見てノリで決まるような始末だった。

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