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ケンはよろめきながら老人の所へ行き、向かい合う椅子に腰を下ろした。


「私のせいで、ずいぶんひどい目にあったようだね」

「俺は本当のことを話しているのに、誰も信用しなくてこんなことになってしまって」

「わかるよ」

「先生は、先生は一体誰なんですか?」


ケンがそう言うと、老人はタバコの灰を床に落としながら小さく笑った。


「やっとその質問をしたね。君がそのことを聞きたくてしょうがないでいたのを私は知っていたよ。そしてよく我慢していたので、感心していたんだ」

「先生が、怖かったんです」

「フッ、恐れなくてならないのは私などでは無い。一度耳をすませて聞いてみればいい。真の恐怖とは遠くから聞こえる潮騒のように、最初は耳に心地良いのに、ずっと耳をすませて聞いていると徐々にその距離を詰めて迫ってくるような圧迫感を与える正体のわからないものなのだ。気付いた時にはもう手遅れになっている。何気ない小さなトゲにこそ本当の毒がある」

「エイリアンに襲撃された後、俺は組の事務所で先生を待っていたんですよ」

「私を待っているなんて愚かなことだ」

「どうなったか心配だったんです」

「私がどうなったか心配になったのではなく、自分がどうなるか心配だったのでは? しかし何も恥じることはない。生き残りたいという欲求は生物の最大の本能なのだから」

「そういえば、いつも一抱えていたあの犬はどうしたんですか」

「散歩していたらきれいな花が咲いた土手があってね、そこには小川が流れていたのでその川に流してやったよ」

「青森でですか」

「そうだ」


老人はテーブルにこびり付いた調味料のシミを、汚れてカピカピになった自分のコートの袖で拭きながら、まだ離れた所に立ったままだった佐治と雨宮にしゃがれた声で言った。


「いつまでそこに立っているつもりだい」


そう声を掛けられた佐治は、雨宮を促して同じテーブルを囲んで腰を下ろした。


「私たちは自衛隊の者でありまして、少しお話しを伺いたいことがあったので」


椅子に座った佐治はそう切り出した。


「そのようだね」

「我々は青森での防犯カメラの映像を入手しまして、その映像に映っていたあなたにお聞きしたいことがあったのです」

「何を聞きたいのかは想像がつくよ」

「ケンさんは、あなたが神様に違いないといっているのですが、あなたは本当は誰なんですか」

「神様ってどういう定義でいっているのかな」

「あなたが簡単に人の命を奪ってしまうので、神様に違いないといっているのです。そして青森のデニーズではエイリアンも打ち倒してしまった」

「私にとって、それらはたいして難しいことではないんだ。ただ私は神ではない。私の理解では神が偉大なのは命を奪ったり物を破壊できるからではなく、命を与えたり、物を創造できるからではないのかい。そんなことは私には絶対にできない。逆にそんな力があったら私はここにいなかっただろう。なぜエイリアンが襲撃してきたのだと思う? 君達はこの奇跡の星に生まれたことを感謝すべきだと思うよ。多種多様な生命体を生み出す力があるこの星こそ、神そのものなんだ。だからエイリアンはこの星を狙って襲撃してきた。連中の目的はこの地球という惑星なんだよ。君達がまだこの星で生き続けたいと思うなら、全力で連中の攻撃を跳ね除けなくてはならないだろう。そして私は君達が関心があるように、その力になれると思うよ」

「あなたには我々を助けることのできる力があると」

「まあ、そうだね」

「そんな力のあるあなたは、一体誰なんですか。あなたの名前はなんですか。どこに住んでいるんですか」

「君達もその質問かい。そんなことはあまり重要ではないと思うが、そんなに気になるなら答えよう。私は、私はなんていうか神ではないが人間ではない。何というか、私は生物ですらない。つまり有機体ではないということだよ。君達の文明は遅れているので説明は難しいが、私は質量のあるホログラムのようなもの、アバターのようなものに過ぎない」


佐治と雨宮は当惑して顔を見合わせる。今までだったらそんな話は一蹴していただろうが、現実にエイリアンの襲撃で追い詰められているのだ。どんな話でも今は受け入れるしかなかった。


「私は物質の極小単位の集合体に過ぎない。だから姿も変えられるし、移動も自由にできる。クォークのような物質の最小単位は人間のような生物の体を透過することもできるし、内部からその組織や神経を操作することもできる。襲撃してきたエイリアンも人間同様、有機物を含んだ生物に過ぎないからね。放射線のように相手の体内に入り込んで、体内で物質を再構成すれば、相手の体にどんな打撃も与えることができる。そしてその物質をどこでどのように再構成するかは遠隔操作のプログラムで決定される。そういう意味では私は遠隔操作の戦闘用ロボットでもあるんだ」

「あなたがロボット?」


ケンは不思議そうに老人の顔を見た。


「相手の記憶中枢に入り込んで情報を収集することもできるし、放出した微粒子を相手の体内で再構成させて相手を倒すこともできる。そういう意味で優秀な戦闘用ロボットだということだよ」

「ロボットって、あなたを操っているのは、一体誰なんです」


佐治が老人に尋ねると、老人はしばらく沈黙し、それから、それはまだ言えないんだ、と佐治に答えた。


「とにかく、私は君達の力になれると思うよ。そのためには協力し合うことも必要だ。私は物質の最小単位の集合体といったが、残念ながら安定して結合していられる期間は限られているんだ。協力し合って、サッサとこの問題を片付けてしまおうじゃないか。あまり時間はないよ。連中が最終兵器を使用する前にね」


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異界大戦ーあの人が最後に示した、死と死にゆく者への道標とはー @arizou

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