4-3
ケンは神経質に自分の頭を手の平で撫で、それから、ワザとらしく小さく笑った。
「もう許せねえ。大人しくしてれば、調子に乗りやがって」
「お前に何ができるんだ」
雨宮は馬鹿にしたような目でケンを見た。
「いいか、調子に乗ってんじゃねえぞ」
ケンはそう叫んで雨宮に飛びかかった。ケンは雨宮の体を壁に押し付け、それからこぶしを握りしめて雨宮の顔面を強打しようとして腕を振り、雨宮の横っ面にパンチをめり込ませようとした。雨宮はケンのこぶしを自分の手をクロスさせてをブロックし、それから間髪を入れずにケンの腹部にパンチをめり込ませた。そのボディーへのパンチが強烈だったために、ケンは膝から崩れ落ち、雨宮の前に力なくしゃがみ込んでしまった。
「悪いけど、ボクシングで国体にもいったことがあるんでね」
雨宮は目の前でうめいてしゃがみこんだケンに軽蔑したような視線を送り、ホルスターから拳銃を抜いて銃口をケンに向けた。
「おい、どうする気だ」
それまで黙っていた佐治が驚いて雨宮に声を掛けた。
「公務執行妨害ですよ。必要なら発砲する許可もあるはずですよ」
「非常時でもそんな無謀な発砲は許されないぞ」
「この際言わせてもらいますが、私は誰にも許可なんか求めるつもりはありません。自分はこういういい加減なヤツが大嫌いなんです。どうせ全員が間もなく命を失うことになるだろうから、私の独断でこの男の対処はさせてもらいますよ。コイツも、エイリアンに命を奪われるよりもその方がいいでしょう」
「しっかりしろよ、雨宮。俺たちが諦めたら本当におしまいだぞ」
「佐治さん、どうせもう終わってるじゃないですか。佐治さんだってそれはわかっているはずですよ。もうどうにもならないんですから」
「待てよ。とにかく奥さんに会って無事を確認するのが先なんじゃないのか。後は帰宅していいよ。本部には俺が言っておくから」
「佐治さん、それはもういいんです」
「いいって、どういうことだ」
「どうって、本当にもう‥‥‥。もういいんです」
「しっかりしろよ。家に帰って少しでもいいから一緒にいてやれよ」
「だから、いいって言ってるじゃないですか。もうやめて下さいよ」
「大きな心配事があるから、そんな異常な行動に走ってしまうんだぞ」
「違いますね。私は何も心配していないし、何も迷っていません。ただ何も信じられなくなっただけですよ。連絡があって、妻は亡くなったそうです」
「そんな」
「ここへ来る前に妻の父から連絡があって、車で移動中に自衛隊が発砲した迫撃砲の直撃を受けて命を失ったそうです」
「それは‥‥‥、確かなのか」
「ええ」
「そんなことって‥‥‥」
「こんなヤツに関わって、大事な時間を浪費していたからですよ。どうして妻は我々の攻撃で死ななくてはならなかったんですか? 私は家族を守るために必死で戦っていたのに、どうしてこうなるんですか」
「それは、知らなくてすまなかった。とても、気の毒に思うよ」
「それだけですか? いや、わかっています。当事者でなかったらそれしか言葉が見つからないでしょう。でも絶対に納得できませんね。とりあえずコイツには罰を受けてもらいます。誰がなんと言おうとね」
指の動きで雨宮が拳銃の安全装置を外すのがわかった。
「雨宮、やめろ。取り返しがつかないことになるぞ」
佐治が雨宮に向かって叫んだ。飛び掛かって無理に押さえ込もうとすれば、意図せずに拳銃の暴発を誘発させてしまう可能性もある。雨宮に自制を促すしかなかった。雨宮は銃口をケンに向けたまま、硬直したように動かず、張り詰めて重苦しい数秒が流れた。ケンが顔を上げ、血の混じったツバを床に吐いたのをキッカケに雨宮が拳銃の引き金に手を掛けようとした時だった。店の出入り口の壊れた扉を押して、一人の老人が店の中に入って来たのだった。
「先生‥‥‥」
ケンがうめくように老人に声を掛けた。
「来るのが遅かったから街の中をブラブラしていたよ。この街は初めてだからね」
「先生‥‥‥」
「ケン君か。少し痩せたね。それに顔色も悪い。しかし死ぬのはまだ先だよ」
老人は拳銃を構えて立っていた雨宮を押しのけるようにその前を横切り、店の奥のビニールのクロスが張ってあるソファーに腰を下ろした。雨宮は悪臭に顔をしかめながら、同様に呆然と立っていた佐治の方を見た。
「君達は私に話があったんじゃないのかい。話は聞くけど手短に頼むよ。他にも約束があるからね」
老人はそう言ってジッポーでタバコに火をつけた。
「最近色々試していてね、ここはいろんな楽しみを見つけられる場所だね」
老人はそう言って、笑顔を浮かべながらタバコをくゆらせた。
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