4-2

「着きましたよ」


雨宮は車をデニーズの前にある大きな街路樹の横に停めた。


「念のためにガスマスクを着用しよう」

「了解です」


エイリアンが投下した神経ガスを中和するために、自衛隊ではヘリから中和剤を散布して少しでもその毒性を緩和させようとしているが、その効果はまだはっきりとはしていない。外に出る時はガスマスクの着用が必須となっていたが、そのマスクの数は全く足りておらず、時には使用期限切れの廃棄待ちのマスクを使用せざるを得ない状況だった。三人は古びてゴムのにおいのプンプンするマスクを被り、車の外に出た。

その店舗はあまり大きくはなかった。建物全体が板ガラスで覆われていて、本来ならその採光によって店舗内の照明が消えていても店の中の様子はある程度伺い知ることができるはずだが、投下されたガスによってガラスの表面が黄色く変色して透明度が失われていて、外から中を覗き込んでも、中の様子はほとんど見ることができなかった。

店舗の扉は施錠されたままだったが、オーナーの許可はすでにとってあった。雨宮は持参したバールをドアの隙間に差し込み、閉まっていたドアをこじ開けた。アルミのドア枠は鈍い音を立てて変形し、施錠が外れると、雨宮は腰のホルダーから九ミリ拳銃を取り出し、安全装置を外した。


「ああ」


ケンがマスクの中で声を上げた。


「そんなものは持たない方がいい」


ケンは雨宮に言ったが、その声はよく通らず、


「何だって?」


と、雨宮はケンに聞き返す。


「そんなものは持っていない方がいい。あの人がこちらに敵意があると感じてしまったら、すごく危険だからな」

「私はエイリアンを警戒しているんだよ。君がいうその人がここに今いるとは到底思えないし、怖くもないね」

「あの人はいるよ」

「へー、鍵もしっかり施錠されたこの建物にどうやって入ったのかね。それでお茶でもしているのかい」

「もう一度言うが、俺は付いてきてくれなんて一言も言っていないからな」


言い争っている二人を横目に、ロックの外れたドアを押して佐治が中に入った。雨宮が慌ててそれに続いた。


「ガスの濃度は問題ないな」


佐治が手に持っている携帯式のガス濃度計の目盛りを読んで言った。佐治は装着していると視界が極端に狭まる旧式のガスマスクを外して、近くのテーブルの上にそれを置いた。雨宮とケンもそれを真似てマスクをテーブルの上に置き、薄暗い店内を見渡した。


「だから言ったでしょう」


雨宮は誰もいない店内を見回して佐治に言った。


「佐治さん、しっかりして下さいよ。明らかに判断ミスですよ。こんな男の言うことを信じたりして」


雨宮はそう言って手に持っていた拳銃をホルダーにしまう。


「やっぱり誰もいないようだな」


佐治は後ろに手を組んで誰もいないデニーズの店内を歩き回りながら、雨宮にそう答えた。


「この事を本部で正直に話したら問題になりますよ。非常時にこんなデタラメを信じて動いていた事がわかったらマズイですよ」

「付き合わせて悪かったな」

「そうですよ、こんないい加減な人間の言う事を信じるなんて」

「誰がいい加減だよ。お前らが勝手に付いてきたんだろう。フザけるなよ」


ケンが険しい表情になって雨宮に言った。


「アンタのせいで我々は貴重な時間を無駄にしているんだよ」

「だから、それは俺のせいかって聞いてるんだよ」

「そうだろう。本当の事を話してくれれば、こんなムダはしなくて済んだんだ」

「俺がウソを言ってるって言うのか」

「いや、逆に何が本当なのか、聞きたいくらいだよ」

「お前、あんまり人を馬鹿にすると後悔するぞ」

「後悔? 後悔ならとっくにしてるよ。こんな奴の相手をしなくてはならないんだったら、家を出て来なければ良かったってな。今はお前なんか相手にしているヒマはないんだよ。こっちはマジメに仕事をしてマジメに生活をしてるんだ。お前らみたいにいい加減な生き方をしている人間とは違うんだよ」









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