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防衛省市ヶ谷駐屯地の正門前には、戦車と地対地ミサイルが配備され、人員とその車両数は明らかの増えてきているようだった。青森への攻撃からエイリアンは極めて効率的に防衛力を無効化することに長けており、日本の防衛の要である市ヶ谷地区も攻撃目標になる事が極めて高い確率で予想されるため、戦力の増強に努めている真っ最中だった。

一般車両の通行は一切許可されていない。そんな中、靖国通りに立っていた佐治とケンの所へプリウスが横付けしてきたので、佐治は驚いてハンドルを握っている雨宮に言った。


「装甲車はどうしたんだ」

「ダメです。全車両出払っていてこれしか持ち出せませんでした」

「そうか」


佐治はあきらめたようにプリウスのドアを開け、ケンに後ろに乗るように促した。


「一番近くのデニーズってどこだい」


佐治が雨宮に聞いた。


「四ツ谷駅の近くにあったと思いますが、しかし本当に行くんですか?」

「行くよ」

「本当ですか。この男がそう言っているだけで、時間のムダだと思いますが」

「その人に会ってみたいんだ」

「いや、それは私も同感ですが、何でこの近くのデニーズにその人がいるっていうんですか」

「ケン君がそう言っているんだから、今は信じるしかないだろう」

「しかし二、三日前まで青森にいた人間が、どうして何の約束もなく、ここから一番近くのデニーズにいるっていうことになるんですか」

「それは私に、言われても答えようがないよ」


佐治はそう言って、助けを求めるようにケンの方を見た。


「あの人がそう言っていたからだよ」

「四ツ谷のデニーズで、この時間に待っているからって言っていたのかい?」

「そんな事は言っていないよ」

「じゃあ、何でその人がそこにいるっていうことがわかるんだ。この非常事態で店も営業していないのに、何でその人がそこにいるっていうことがわかるんだい」


雨宮が詰問すると、ケンはウンザリしたような大きなため息をついた。


「だからさっき教えたじゃないか。あの人は、いや、なんというか、俺が一緒にいて先生と呼んでいた人は普通の人間なんかじゃない。もちろんエイリアンなんかでもない。神なんだよ。なんでも先の事を見通して、人の生き死にを操る神なんだ。あの人はいつか言っていた。お祭りで凄い人混みの中を歩いている時に、俺がはぐれたらどうしますかって聞いたら、先生ははぐれた時はそこから一番近くのデニーズを探してくれれば、いつもそこにいるからって言っていたんだ。だからだよ。それで十分だろう」

「それだけ? それは一体いつの話だい」

「ねぶた祭りの夜だから、十日ぐらい前のことだよ」

「それは青森にいた時の話しだろう。エイリアンが襲来して、こんなことになる前の話しだし、ここは東京でお祭りの夜でもないし、この非常事態なんだぞ。わかっているのか?」


運転していた雨宮は、そう言って後ろに座っていたケンに鋭い視線を送った。


「俺は付いてきて欲しいなんて一言も言っていないぞ」

「そんなことはわかっているし、頼まれたって自分だけだったら断わっていたんだ」

「もう、いいじゃないか。行ってみればわかることだ。すぐに着くんだから」


佐治はそう言って腕を組み、車から窓の外を見た。靖国通りを自衛隊の車両が行き来し、多くの人員がエイリアンの攻撃に備えていたが、これらの兵器ではエイリアンに立ち向かえない事は青森の戦闘で実証されてしまっている。

いよいよ覚悟を決めなくてはならないかもしれない。この大都会の都市もメチャメチャになるだろう。佐治は最悪の気持ちで四ツ谷見附橋からキラキラ光る川面を眺めた。もしケンの話しを信じてそこへ行ってみても成果がなかったら、雨宮を一時家に帰してやろう。家族の事を心配しながらでは、仕事になんか打ち込めないだろう。そしてケンのほとんど有り得ないような話がやはり空振りだったら、人類にとって、日本にとって最悪の結末を迎えることになるかもしれない。その前に家族に会わせるような配慮があっても、構わないじゃないかと佐治は思っていた。

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