3-4
エイリアンの攻撃が始まったのは、その一週間後だった。それについてはあんたらの方が詳しいだろう。青森では最初に三沢基地を攻めてきた。その時に初めてあの人が言っていた戦争の意味を知ったんだ。俺らは混乱してみんな右往左往していた。誤射されるから外出するなってマスコミが報道していたから最初はそうしていたけど、そんなのは最初だけで、エイリアンの地上での攻撃が始まったら、とにかく遠くへ逃げたくて車に分乗して東を目指したけど、道路は寸断されていてどこへも行けなかった。道路は放置された車で溢れていたよ。
「先生、これからどうするんスカ」
俺はそんな時にソファーに横になっていたあの人に聞いてみた。遠くで爆発音が聞こえていたが、その音はだんだん近くなってくるような気がしていた。
「いま、時間は?」
俺が時間を教えると、
「じゃあ、30分後に出かけますよ」
と、俺に言った。
「どこに行くんスカ」
「少し歩きたくなってね」
「今日はやめておいた方が良くないスカ」
「今でないと、そうしましょう」
「わかりました。俺は付いて行くだけですから」
あの人とそういう会話があって、俺たちはエイリアンの市内への攻撃が続いている時に、歩いて外出したんだ。自衛隊の装甲車ともすれ違ったけど、きっとそれどころじゃなかったんだろう、俺たちには目もくれずに横を通り過ぎて行ったよ。
あの人は後ろに手を組んで、花畑でも歩くみたいに建物が倒壊し、車が横転したままになった道をゆっくりと歩いていった。俺はビクビクしながらその後を付いていった。何せ時々起こる何かの爆発音がドンドンこっちへ近付いていて、その衝撃波というか大気の振動を感じるくらいだったんだ。そしてあの人はその震源地を目指しているかのように、戦闘が激しくなっている地域へ踏み込んでいく。もちろん通りには誰もいなかったよ。みんなとっくに自衛隊の誘導で市内の何ヶ所かの避難場所へ逃げていて、噂では海上から避難した市民をさらに安全な地域へ避難させようと準備していたということだったけど、どうなったことか。とにかくそんなこととは全く関係なしに俺たちはあの事務所にずっと居残り、そしていつもと同じ日常の時間を過ごしていたんだ。
そしてあの日あの人は爆発の衝撃波で窓ガラスの全部割れたデニーズの前で立ち止まり、後ろから付いていった俺を振り返ったんだ。
「ここで休んで行こうじゃないか」
「えっ、ここに入るんですか」
「そうだよ。イヤなのかい」
「いや、俺はいいですけど、誰もいないスヨ」
「だからこないだのように、追い出されることはないでしょう」
「それはそうですけど」
「ノドが乾いてね」
「そうですか。先生がそういうなら俺は全然構わないですけど‥‥‥」
何故こんな所に立ち寄るのか、あの人の本当の真意はわからない。でもとにかく俺は従うしかなかったんだ。
出入り口のドアはロックされていたが、ガラスが全部割れていたから簡単に中に入ることができたよ。中に入るとあの人はカウンターの前の椅子に座り、俺にマジな顔をして言ったんだ。
「冷たい水をくれないか」
俺は驚いてあの人の顔を見たが、あの人は本当にマジだった。
「先生、それは無理スヨ。もう市内は断水が続いているんですよ」
「厨房に行って冷蔵庫を開けてみればいい。冷えたミネラルウオーターが入っているはずだよ」
「冷蔵庫ですか」
言われた通りに厨房に入って冷蔵庫を開けると、驚いたことに庫内灯が点灯し、俺の体は冷蔵庫の扉から漏れ出たひんやりした冷気に包まれた。店内の電気はまだ生きていて、使いかけの食材もそのままになっていたんだ。きっと相当慌てて避難して行ったのだろう。食洗機には汚れたままの食器がそのまま放置されていた。
コップに冷えたミネラルウオーターを注ぎあの人に手渡すと、今まで見たこともなかったような嬉しそうな顔でそれを受け取り、だけどすぐにそれに口を付けようとはせずに、目の前までコップを持ち上げてしばらくそれを眺めていたんだ。
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