3-2
男は手をたたきながら大声を出して笑った。
「この世界にいるといろんなとんでもない話を聞くけど、アンタらは完全にその上をいっているな。だいたいアンタはいつもは何をしている人なんだい。裏稼業の人間ではないだろう。俺は素人とそうでないと人間はすぐに見分けられるんだ。この稼業が長いからな。ケンカの手伝いに来たっていってるけど、その年では兵隊としては働けないだろう。もしかしてアンタ、とんでもない金持ちなんじゃないのか。そうだろう。そういえばアイツから会社の社長でそういう知り合いがいるって聞いたことがあったぞ。違うか?」
「金は持ち合わせていない」
「じゃあ何なんだよ。アンタここで何をしてるんだ。何者だ、アンタ」
「私はただのウオッチャーだ」
「ウオッチャー? 何だそれ」
「ただの傍観者に過ぎない」
「何を訳わからないことを言ってるんだ。俺はアイツに連絡を取りたいんだよ。フィリピンの件で話があったのに、何で誰もいないんだ」
「カジノの件かな」
男はあの人にそう言われて、顔を赤くして言葉に詰まった。それからひどく狼狽したように、
「アンタ、何でそれを知っているんだ」
と、あの人のことをまじまじと見つめた。
「違法カジノの売り上げのことなら、もう必要ない。そのお金はあなたが好きなようにすればいい」
「そ、そうかい。アイツがそういっていたんだな。間違いないな。アイツが金を出して開いた賭博場だから、売り上げが気になっているんじゃないかと思って来てみたんだが、本当にアイツがそう言っていたんだな。オイ、若いの、お前も聞いただろう。後からガタガタ言われても俺は知らんぞ」
男が後で揉めないように一筆書いておけっていうので、俺は、何月何日に男からの金の申し出を断ったとかなんとか適当に紙に書いて渡したんだ。そうすれば男はいったん帰るからっていうからね。
あの人がどうしてそれらの普通知り得ないようなことを知っていたかは理解できないが、もうそれまでにたくさんの有り得ないことを見せつけられていたから、何も驚かなくなっていた。死んだアニキたちには悪いが、その時はもうあの人のパシリになれて、嬉しく思っていたくらいだったんだ。
「アンタはまだここにいるのかい?」
男があの人に聞いた。
「私はここで待っているんだ」
「何を待っているんだよね。アイツらが帰ってくるのを待つのか?」
「いや、戦争が起きるまでここで待つつもりだよ」
「戦争? またケンカか。同じ相手とやり合うのか。それとも別の組なのか」
「そんな相手ではない」
「もしかして、そのケンカの件でみんな出払っているのか。どうなんだ」
「実はそうなんです。親分には出来るだけ内密にしておけっていわれているものだから、言えなかったんすけど」
俺が都合のいい嘘をつくと男はニヤリと笑い、
「悪いな。俺はまたフィリピンに戻らなくてはならない。力になれないけど、アイツによろしく言っておいてくれないか」
と、俺に言うもので、わかりました、と答えると、男はソファーから立ち上がってサッサと帰っていったよ。ただ帰る間際に、あの人のことを、
「あんなヤバイ奴には会ったことがない。お前はよく一緒に居られるな」
と、感心して事務所から出て行った。この時はずっとマシな方だったよ。その男はちゃんと何事もなく帰っていったからね。もし事務所に誰も人がいないことが納得出来ずに騒ぎが収まらないと、あの人が迷惑な訪問者を排除することになるんだ。つまりそういう人間は生きてこの事務所から出られないっていうことだよ。あの人は自分のことをウオッチャー、傍観者と言ってたいたが、とんでもない。あの人は最強のプレデターだったんだ。
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