2-5

俺はしばらくしてシャツをめくってみたが、外傷はどこにもなかった。皮膚には傷はなく、あれは幻想だったのだろうかと思った程だったが、シャツには指が貫通した丸い穴がしっかり開いていて残っていた。

あの人がなぜ俺を選んだのかは今でもわからない。あの人は誰でも選べたし誰でも意のままに操ることができるのに、こうして俺が選ばれ俺はあの人の下僕になった。

あの後、十数体の遺体をハイエースに積んで、レンタルしたショベルカーで穴を掘った山中にそれを捨てに行ったけど、俺はもう絶対にあの人がいる事務所へは帰るつもりはなかった。だけど銀行で金を下ろして知り合いの家にかくまってもらおうと車のハンドルを握った途端、俺は激しい胸の痛みに襲われた。あの人が言った通りだった。俺の体にはあの人の命令に背こうとすると、あり得ないような痛みにさいなまれるような仕組みが、組み込まれてしまっていたんだ。

あの人が近くに居ようが居まいが関係ない。だから言っているだろう。あの人との約束は絶対だし、あの人の言葉には逆らえないんだ。

それからあの人との不思議な共同生活が始まった。俺は逃げ出すことが出来なかったし、それは望んだ生活ではなかったけど、ずっと荒んだ生活をしていた俺にとっては、ある意味ではそれは一番生きている実感のある刺激に満ちた日々だった。あの人はウソをつかないし見栄を張ることもなく、取り繕ったり媚びることもない。そういうことが当たり前だと思っていた俺にとって、それらから解放されることでこんなに楽になれるなんて、初めて知ったんだ。俺はいつのまにかあの人をリスペクトしていた。面倒を見てもらったアニキには悪いけど、そういう気持ちに自然になったし、その気持ちはずっと消えることはなかったよ。あの人はやっぱり誰より特別だったんだ。



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