2-3
その場の雰囲気が一変したのは、あの人が俺の怒声を無視して横を通り過ぎて、さらに部屋の奥へ入っていこうとしたからだった。俺だってアニキ達も見ているし、そんなことを許すつもりはなかったが、どういうわけか体が硬直して動かない。必死に手足を動かそうとするのに、まるでそこまでの神経を切断されてしまったかのように、ピクリとも動かせないんだ。何とか体を動かそうと必死になっている俺を、あの人は横目でチラッと見てそれからためらいもなく部屋の奥へ入っていく。
「アニキ、ダメです。体が動かなくて」
俺はそう言いたかったのだが、声さえもまともに出せない。冷や汗をかきながら、あの人の後ろ姿を目で追っていくことしかできなかった。
「アニキ‥‥‥」
アニキは手に鉄パイプを持っていた。今夜の出入りのためにその他の若い衆も、みんな思い思いの武器を手にしていた。自分達の方へ何の躊躇もなく歩いてくるあの人に向かって、アニキは鉄パイプを頭上に構え、それを振り下ろそうとしていた。
「何やってんだよー」
アニキが叫んだ。
俺は、その瞬間を見たくなかったから、反射的に目を伏せていた。俺だってケンカもやる時はやれる自信はあるけど、だけど無抵抗な年寄りが傷付いて倒れるのを見るのがイヤだったんだ。俺のダチはバイク事故で俺の腕の中で死んでいったんだ。最初は喋っていたのにだんだん意識がなくなって死んでいったダチのことを忘れらないし、こんなに簡単に人が死ぬものなんだっていうことがショックで、どうも苦手なんだ。わかるだろう。それでその年寄りの頭がスイカみたいにかち割られるのをあまり見たくないと思って目を伏せたんだ。
それですぐに人が倒れる大きな物音がしたんで、あー、ヤッパリやっちまったんだなって思って視線を上げると、アニキが鉄パイプを握ったまま床に倒れていたんだ。いやアニキだけじゃない。一緒にいた数人の若い衆も一緒にその場に倒れている。その時になってようやくあの人のヤバさがわかってきて、もっと人を呼びたかったのだが、声が出せないしヤッパリ体も動かせない。
あの人は倒れている人間をまたいで、親分や幹部がいた別室に入っていったんだ。あの人がドアを開けると親分の怒声が聞こえてきて、それからドタドタ人間が走り回る足音、そして何か重量のあるものが倒れる音なんかが聞こえて、そしてパッタリと物音がしなくなった。俺も聴覚だけは大丈夫だったので、幹部の部屋の様子を探ろうとして必死に耳を澄ませていたけど、相変わらず体の自由が効かないし俺もパニック状態で、気持ちばかりが先走ってしまって冷や汗が止まらなくなる。そして突然ひどいめまいがして、気を失ってしまったんだ。
床に倒れ込んでしまったのは覚えている。だけど俺の記憶はそこまでだった。ただ気を失う前に、あいつはきっと対立する組の刺客に違いないと確信していたね。それも今まで俺たちが関わったことのないような、凄腕の刺客に違いないってね。
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