2-2

しかし相手はちょっと殴っただけでその場にへたり込んでしまうような、ひ弱な年寄りだ。動揺が収まって落ち着いた俺は、持っていた金属バットであの人の胸を突いて、外に押し出そうとしていた。直接は触りたくなかったからな。あの人は俺に体を小突かれても何も抵抗しなかったし、されるがままだった。ただ不思議そうに俺の方を見ていて、どうしてそんなことをされるのか、何が起きているのかわかっていないようで、俺は完全に呆けてしまった老人なんだなとその時は思ったよ。

しかし相手が誰だろうと、この大事な時にこの辺でウロウロされていたらエライ迷惑だったから、ちょっと脅してもう戻ってこないようにしなくてはならない。そうしないと俺がアニキたちにシバかれることになる。そう思ったからあの人を金属バットで小突きながら、外のガードレールまで行ったんだ。ケガをさせたら面倒だから、それでも気をつけていたんだよ。俺はガードレールをバットでガンガン叩きながら、大声で怒鳴ってやったんだ。


「テメエ、今度お前の顔を見たらタダじゃすませないからな」


そう言って、俺は顔を睨みつけけてやったが相変わらず反応が薄くて、普通の人間だったら冷静でいられるはずはないのに、何か全然関係のない考え事をしているみたいに、うわの空で俺の脅しをスルーしている。

頭にきたけど、呆けた年寄りをこれ以上相手にしても無駄だと思ったし、俺もこれからの出入りの件で頭がいっぱいだったから、後はサッサと事務所に戻ったんだ。

玄関から中に入ると、さっきの鼻をつくあの悪臭がまだ残っていた。それも強烈にだ。それで、とりあえず少しの間玄関を開けたままにしておくしかないかと考えて俺が後ろを振り返った瞬間、俺はまたもや驚いて後ろに飛び退いてしまったんだ。どうしてかというと、あの年寄りが俺のすぐ後ろに立っていたんだよ。体がもう触れそうなすぐ後ろにだよ。いま外に追い出して、後を追いかけてきた気配なんか全くなかったのに、なんでここにこうしているのか、俺は驚いて混乱して、またしてもアニキの戒めを破ってしまったというわけだ。


「こっ、こっ、この野郎」


後ろに飛び退いてから、それだけは叫んだよ。何せ俺の後から、もう土足で事務所の中に入ってきてしまっていたんだから。まさかこんな展開になるとは思っていなかったから俺は完全に油断していて、金属バットも玄関に立て掛けて置き忘れてしまっていた。


「ふざけるなよ、テメエ!」


俺の声を聞いてアニキ達が玄関に出てきた。


「誰なんだよ、こいつ」


アニキが俺の顔を睨んで凄んだが、俺だってそんなことは知るわけがない。


「汚ねえ野郎だな。お前どうするつもりだよ」


アニキはこっちを見て俺の手際の悪さを怒っている。年寄り一人に何をやっているんだよっていうわけだ。


「ハイ、すぐに何とかするんで」

「じゃあ、早くしろよ」

「ハイ」


アニキ達は腕組みをして俺を見ている。アニキ達は俺の組員としての力量を見ているんだなと思ったから、俺もそこで気合が入ったよ。


「テメエ、なに勝手に入ってきてるんだよ!」


俺は精一杯の怒声を上げたが、そこでアニキ達が爆笑だよ。なんでだと思う? 金属バットは玄関のドアに立て掛けたままだった。それで俺は思わず履いていたスリッパで殴りかかろうとしていたんだ。もちろん怖かったわけではないよ。あんまり汚かったから、じかに殴ったり蹴ったりすることに抵抗があったんだ。それでそんなことをしてしまったんだけど、そんな俺を見てアニキ達が大笑いをしたというわけだよ。


「お前、それでどうするつもりなんだ。今日のケンカにもそのスリッパを持っていくつもりなのかよ」

「いや、これは‥‥‥」


アニキの他にも数人の若い衆がいたけど、ニヤニヤしながらこっちを見ていたよ。教育係のアニキにドヤされている俺を見てみんな面白そうにしていたんだ。まさかあんなことになるとは思っていなかったからな。



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