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俺がその人に会ったのは、組が出入りのために人を集めていた夜だった。俺も面倒を見てもらっていたアニキから携帯に連絡をもらって組事務所まで行ったんだけど、十人くらいの組員が集まっていて、俺も着いたら金属バットを渡されて、お前が頭をやれって親分に言われて、結構テンパっていた時だった。俺は何せ初めてのことだったから当然だけど、その時は全員が殺気だっていたし、俺も親分にそう言われてやる気十分だった。

俺たちの組はあんた達が言うように、海で高級食材のウニとかアワビを獲ってきて売りさばいていた時もあったんだ。漁業権なんかないしな、第一いまは禁漁時期だし、水上オートバイでこっそり深夜に海に出て行って、獲ってくるのよそれを。たいした稼ぎにはならないよ。だけどちょっとした小遣いにはなるし、俺も声をかけられたけど、俺は泳げないからって断わっていたんだ。

だけど辺りは真っ暗だから、必要最低限の照明は必要なわけだよ。それで何をやっているのか、わかる人間にはわかるわけ。それがある時、浜の近くに軽トラックを止めて休んでいた時に、獲ったばっかりの魚介類を持っていかれたんだ。アニキの話だと、結構な量があったらしいよ。戻ってきて荷台を見たら何もないから、怒り狂ったらしい。まあこっちも違法にそれを獲ってきてるんだから、泥棒なのは一緒だけど、メンツがあるからな。

それでもこっちにも負い目があるし、犯人もわからなかったからその時はそれで済ませるしかなかったんだけど、後で誰の仕業かわかったんだ。それは別の組の若い衆で、相手はカタギではなかったし、俺たちのトラックだと知ってて、それらを持っていったらしいっていうのがわかって、エライ騒ぎになったんだ。

それですぐに、どういうことだって、相手の組にナシをつけにいったんだけど、相手はシラを切って話にならない。持っていった魚貝を売りつけようとした民宿は俺らの組と懇意にしていた人間だったからもうバレバレなのにスッとぼけているんで、とうとうガチでやり合うことになったといわけ。相手の組も俺らが乗り込んで来ることは知っていたから、これは気合入れないと大怪我するケンカになりそうだから、親分もできるだけ大勢の人間に召集をかけていたわけだ。

あの人に会ったのはそんな時だよ。あの人は組事務所に一人でひょっこり現れたんだ。玄関の監視カメラの前にボーッと立っていたんで、アニキが、何だこのジジイ、って騒ぎ出して、俺が様子を見てくることになったんだ。

俺は念のために金属バットを持って玄関に行き、ドアを開けたんだ。怒鳴り付けてやればこんなジイさんはすぐにビックリしてどうにでもなるだろうと思っていたし、監視カメラは他にも二台あってそっちにも他の人影は映っていなかったから、一人なのは間違いないと確信していたから、はっきりいって余裕だった。だけど対立する組の人間にしてはまるで殺気がなくてひ弱そうな体をしていたし、偵察に寄越された特攻の人間にしては年寄り過ぎていて、一体誰なのかは全く見当がつかない、そういう不安はちょっとあったよ。

俺は勢いよくドアを開けた。睨みをきかせて怒鳴り付けてやろうと思って深く息を吸い込んだ瞬間、ひどい吐き気に襲われた。あの人が抱き抱えていた犬の死骸のせいだよ。ひどい悪臭だった。きっと内臓が腐っていたんだな。あの人はクソ暑い日に膝ぐらいまである厚手のジャケットを羽織っていて、そのジャケットは死骸から染み出した茶色っぽい液体のようなもので濡れ、それも悪臭を放っている感じだった。

俺は口を押さえて、少し後ろに飛び退いてしまった。アニキには幹部を目指すなら絶対に何があっても自分の弱気を外に出すなって言われていたけど、この時はどうしようもなかった。反射的にこのイッちゃってるジイさんにビビってしまったんだ。こいつは一体何者なんだっていう感じだったよ。

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