1-5
「ちょっと待ってくれよ」
黙って二人の会話を聞いていたケンが顔を上げて言った。
「爆弾を落とされたっていうのは、本当かい?」
「本当だよ。被害の詳しい状況はわかっていないけど」
「親と親戚が市内に住んでいたんだけど」
「市内か。うーん、もしその時も市内にいたとしたら、かなり厳しいかもしれないが」
「親にも親戚にもずっと会っていなかったけど、住所を教えるからどうなっているか確認だけしてくれないか?」
「それは難しいな。こちらにもそんな余裕はなくなっているんだ。放射能に汚染されているのであなたを地元に送り届けることもできないし」
「無理矢理俺をこんなところへ連れてきて、そんなこともできないっていうのか。俺は何も悪い事はしていないんだぞ」
「それはこの非常事態なのに、あなたが何も話してくれないからだよ」
「約束したからだよ。俺は約束を守る男なんだ」
「ああ、それはもうわかったよ。だからもう帰ってもらって結構ですよ。ご協力ありがとうございました」
「どこに帰れっていうんだ。もう帰れるところなんかないよ。責任を取ってくれよ」
「責任って、もし今でもあなたがあそこへ残っていたなら、あなたもあの爆発でおそらく無事ではいられなかったのですよ」
「じゃあ、俺を強制的にここへ連れてきたあんた達に感謝しろっていうのか。それでたまたま生き残ったとしても‥‥‥、いや待てよ、俺はまだこうして生きている、この状況がたまたまでなく必然だとしたら? 俺はまだこうして生きている。あそこからたまたま避難してまだ生きているということは、何か意味があるのか? 俺にまだ何かをさせたいことがあるのか?」
ケンは瞬きしながら辺りを見回した。
「俺はどうすればいいんだ? あんたは何も喋るなっていうから俺は誰にも何も言わなかった。でも俺はまだこうして生きている。考えてみれば、あっさりと命を奪ってしまえば俺は何も喋れないのに俺はまだこうして無事でいる。これには何か理由があるということなのか」
また独り言が始まった。雨宮はどうしよもないな、という感じで佐治の方を見た。佐治は手を小さくあげて雨宮の視線に応え、それから柔和な表情を作って部屋のドアを開けた。
「さあ、地上まで案内しますよ。あなたには不愉快な思いをさせて申し訳なかったし、親や親戚の方々のことは大変残念に思います。だけど我々にできることはもう何もない。わかって下さい」
ケンは佐治が開けた部屋のドアの方をチラッと見たが、すぐに目の前のスチールの机の上に視線を戻した。
「そうか。もしかしたら俺に口止めをしていたのは、俺をこの場所、この瞬間へ導くためにあの人が仕組んだことなんじゃないんだろうか。でも俺は一体ここでどうすればいいのか。いや、俺がどうするかということはもうすでにあの人は知っているということだ。つまり俺がどんな選択をしたとしてもあの人が思った通りになるということで、俺がどんな選択してもそれは正しい選択になる」
ケンは首筋の汗を自分のシャツで拭った。また独り言が止まらなくなった、佐治と雨宮はそんな風にうんざりしたように顔を見合わせている。
「まだあの人の話を聞く気はあるのかい?」
「それは構わないよ。そのために我々はここにいるのだから」
「親はグレてしまった俺をとっくに見放していたし、俺も親は嫌いだった。親の味方をしていた親戚連中も嫌いだったし、あそこには俺が失って困るようなものは何もなかった。ただ俺はそこでとても奇妙な体験をした。それは強烈で、不思議な体験で、この話をあんた達が信じようと信じまいと俺は気にしないが、出来るだけ正確にあの人との出会いから話してみるよ。なぜなら、なぜか急にあの人もそれを望んでいるように感じ出したからだよ。これもきっと以前から決まっていた計画の一部なんだろうな。今はそれらを話すことで、死んだ身内とも和解できるような気がしているよ」
佐治はドアを閉め、座っていた椅子を持ってケンと向かい合って座った。ケンは当時のことを思い出すように虚空を見つめていたが、佐治がデジタルレコーダーのスイッチを入れると、彼は出会ったその男のことを話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます