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佐治はラップトップ・コンピュータの電源を入れ、ケンの前に差し出した。


「この動画はここへ連れて来られる前に警察で見せられただろう。デニーズの店内に設置してあった、防犯カメラの映像だよ。どうだい、何度もこれを見せられて質問されただろう」

「何度も見せられたよ」

ケンはボソッと答える。

「でもあんたは何も答えず、そして今度はこの基地に引き渡されて尋問を受けている。そうだよね」

「‥‥‥。」


「カメラの映像は青森市内のデニーズ店内に設置された、防犯カメラのものだ。市内にはエイリアンの地上部隊がすでに襲来していたから、もちろん店は営業もしていないし、客も誰もいない。あなたと映像に映っている初老の男以外にはね。店内もテーブルや椅子の備品もメチャクチャなのに、まったくそれを気にしないでその男はカウンターの椅子に座って何かを飲んでいるね。一体誰なんだいこの男は? いやそれだけだけの映像だったら我々が関心を持つわけがない。そこへ武装したエイリアンが入ってくる。普通だったらパニックになって逃げ惑うところなのに、この男はちらっとそっちを見ただけで平然としている。しかもだよ、我々がまったく解明できずに一方的にやられ続けている未知の携帯兵器をエイリアンが発射しようとした瞬間、当該のエイリアンは何の前触れもなくその場に倒れ込んでしまっている。その時何が起こっていたんだい? エイリアンの攻撃にまったく太刀打ちできないでいる我々なのに、どうやってこのエイリアンを倒すことができたんだい。その時に何が起こっていたのか知ることができれば、もしかしたらエイリアンへの攻撃のヒントになるかもしれない。あなたもそばにいたんだろう。映像に映っているんだから」


そう言って佐治はケンの肩に手を置いた。男のシャツは汗で濡れていて、その下にある若い男のたくましい体の体温が伝わってくる。


「あの人は指一本動かさなかった。ただ座ってミネラルウォーターを飲んでいただけだよ」

「じゃあなぜ、攻撃を加えようとした瞬間にエイリアンはその場に倒れ込んだんだ」


佐治はケンの顔を覗き込んでそう尋ねた。


「さあね」


彼は目をそらし、そして何かを思い出すように虚空に目をやった。


防犯カメラなので画質はあまり良くない。店内にはホコリか煙のようなものが充満していて、ケンは口を押さえて咳き込んでいるように見えたが、カウンターの初老の男はそれらを気にする様子もなく、くわえたタバコを燻らせている。

出入り口からエイリアンが侵入してきた時、ケンが焦ってカウンターを飛び越えて店の奥のキッチンの方へ逃走しよと右往左往している様子がしっかりと映像に残っている。

エイリアンは光沢のあるコンバットスーツを着ていて、背中には扇型の容器のようなものを背負っており、扇の先端からはチューブ状のホースが伸びていて、その先端のノズルから放たれる高熱を帯びた衝撃波で対象物を攻撃してくる。

その衝撃波が放たれるメカニズムもその衝撃波の正体もわかっていないが、それらは放たれた地点から離れていても波状に広がって広範囲に対象物にダメージを与えてくるし、金属のような強固な遮蔽物の陰に隠れても、それらを回り込んで人体にダメージを与えてくる脅威的な殺傷能力のある兵器だった。

エイリアンがノズルをカウンターの初老の男に向けた瞬間、画面の映像はやや乱れ、それからエイリアンはその場で前のめりにお辞儀をするかのように倒れ込んでしまう。

それを見たケンは再びカウンターを乗り越えて、倒れ込んだエイリアンの横を通って店の外に走り出していく。初老の男はグラスを置き、何かを片手に抱き抱えてから立ち上がり、店内を見回してからゆっくりと店の外に出ていくのが映像に映っている。

この映像から以前から地元暴力団の構成員として警察にマークされていたケンは警察に確保されたが、初老の男の身元も行方もわからなかった。

エイリアンの死体が人の手によって回収されたのはこれで2体目だ。1体目はアメリカ本土で陸軍の重火器によって攻撃によってようやく打ち倒したもので、死体の損傷が激しくほとんど高熱によって炭化したものだったが、このデニーズで発見されたそれはほとんど外傷らしきものもなく死因もわからない。死体はアメリカ軍と自衛隊の情報部によって詳細に調査中だが、携帯していた兵器に関してもエイリアンの生物学的な解析もあまり進展していない。


「この男は店を出る時に何かを抱えて出ているように見えるんだが、一体この男が持って出ていったものは何なんだい。映像が不鮮明でわからないんだ。もしかして何か特殊な兵器のようなものじゃないのか?」


佐治がそういうと、ケンは若い男らしく、プッ、と吹き出して笑った。


「兵器? 道理でエイリアンにまるで歯が立たないわけだ」

「じゃあ、何なんだ」

「だから口止めされてるだよ」

「それはわかったよ。だけど我々にももう手段がなくて、あんたにこうして頼んでるんだよ。本当にそれだけでもいいから教えてくれないか。我々も、すなわち君もそれで救われるかもしれないんだよ」


ケンはしばらく沈黙した。顔に苦渋の表情が浮かぶ。しかし彼は初めて佐治と目を合わせて、口を開いた。


「それを教えたからって何も変わらないと思うよ。だけど、これだけは教えてやるよ。あの人が抱き抱えていたのは兵器なんかじゃない。車に轢かれて道端で死んでいた、一匹の犬の死骸だよ。あの人はずっとその死骸を、ペットのように可愛がっていたんだ」


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