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「住所は青森になっているね」


男は何も答えない。体を前後に揺すり、そして何かを思い出したように時々ため息をついた。佐治は雨宮が置いていったノートに目をやりながら、その先を続けた。


「地元の暴力団の組員だったんだね」


佐治がそういうと男は一瞬ピクリと体を動かしてその言葉に反応したかのように見えたが、すぐにまた意味不明の独り言をブツブツ言って貧乏ゆすりを始めた。


「あんたはケンと呼ばれていた。そして組は海産物の密漁で何度か警察の捜査を受けてるね。それが組の資金源だったのかい? まあ今更それはどうでもいいことだが、かなり資金的には恵まれていたようだね。警察からの調書では市内の不動産もいくつか持っていて、それを貸し出して組の資金として吸い上げていたみたいだね。あんたはあの組でどんな役割をしていたんだい。こんなことを言ったら悪いけど、どうも幹部の人間には見えないしね」


佐治は警察からメールで送られてきた男の資料を読み上げながら、額の汗を拭った。すでに送電は停止し、基地の電力は自家発電によって賄われているが、消費電力の大きな空調設備の電源は切ってあるので、部屋の室温はかなり高温になっている。またエイリアンが投下した神経ガスの流入を防ぐ意味で、外気は巨大なエアフィルターを通して取り込まれているので、まるで酸素濃度が希薄なような息苦しさを感じた。


「俺はいいよ。連れはもう病死してしまったし、子供もいない。もう年でそんなには生きることに執着は感じていないからな。でもほとんどの人間は生き延びるためにいつも必死なわけで、あんたもそれは同じはずだよ。だったら我々に協力して知っている事を話してくれた方が楽になるんじゃないかな。この状況でその男の報復を怖がるなんて馬鹿げているよ。今ここで何かを話したからってその男にいったい何ができるっていうんだい。この人類が滅亡しようとしているとんでもない時に」


佐治は男が肩を揺らして笑いをこらえているのがわかった。佐治はちょっとムッとしてケンに言った。


「何がおかしいんだい」


そう尋ねると男は、

「何も怖がっているわけではないですよ」

と小さな声で答える。


「とにかく君が知ってるその男の事を話してくれないと、我々もあんたのことを解放してあげるわけにはいかないんだ。何せ国家的な危機に陥っている非常事態だからね」

「聞いてどうするんです」

「出来れば我々もその男に会って話したいんだ」


佐治がそう答えると、ケンは馬鹿にしたように鼻で笑って、また首を横に振り続ける。

「ありえない。俺は知らないよ、 本当に俺は約束を破ってはいないからね。聞いてるんだろう、俺は本当に誰にも何も喋っていないからな」


男は目を充血させて辺りを見回しながら大きな声で叫んだ。


「おい、誰に向かって言ってるんだ。ここには私とあんたしかいないんだよ。我々の会話なんか誰も聞いていないよ。みんなそれどころじゃないんだから」

「あんたにはわからない。俺は約束を破るような男じゃないからな」

「あんたの約束がどれだけ大事なのか知らないが、人類が滅亡したらそんな約束なんて意味がないんじゃないのかい。その約束させらたという男の事を我々に聞かせてくれれば、もしかしたら何かあんたの力になってやれるかもしれないよ。その男とはどこで出会って、どういう人間だったかを少しでも教えてくれないか」


「人間か‥‥。あんたらはわかってないな。何もわかっていない」


ケンは短髪の頭に手をやり、それから顔を手の平で覆ってまた沈黙した。

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