ももそうた

結城藍人

ももそうた ~もしも桃太郎が双子だったら~

 むかしむかし、ある所に、おじいさんとおばあさんが居ました。


 おじいさんは山へ柴刈りに行きました。たきぎになる枝などを切ったりして、雑木林の手入れをするのです。


 おばあさんは川へ洗濯に行きました。川のきれいな水で汚れた服を洗うのです。


 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこ―、どんぶらこ―と流れてきました。その大きさときたら、普通の桃の何十倍もあります。


「これはたまげた!」


 驚いたおばあさんですが、せっかくなので大きな桃を拾って家に持ち帰ることにしました。洗濯を済ませると、洗濯物と一緒に大きな桃をかついで帰ります。


 家に戻ると、おじいさんも刈った柴をかついで帰ってきました。


「おじいさん、お帰りなさい。川でこんな大きい桃を拾ったんですよ」


「こりゃまた大きな桃だなあ!」


 びっくりしたおじいさんでしたが、さっそく切って食べてみることにしました。


 ところが、おじいさんが包丁で桃を切ろうとしたとき、桃がひとりでに割れて、中から大きな赤ん坊が飛びだしてきたではありませんか!


 驚いたおじいさんとおばあさんでしたが、子供がいなかったので、よろこんで双子の赤ん坊を自分たちの子として育てることにしました。双子は両方とも男の子だったので、桃太郎と桃双太ももそうたと名付けられました。最初は弟は桃次郎と名付けようかと思ったのですが、双子なのでどちらも長男でよいかと思って、こう付けたのです。しかし当の桃双太の方は「自分は弟である」という意識を常に持っていたようです。


 その桃太郎と桃双太はおじいさんとおばあさんに大切に育てられ、すくすくと元気に強く育ちました。


 双子だからか、力は同じくらい、智恵も同じくらい。互いに競い合って、家の手伝いも、剣術や槍術、弓術、それに相撲などの武道の練習も、学問も、進んでやりました。


「今日は兄さんの勝ちですね。明日は負けませんよ!」


「双太は昨日まで連勝してたじゃないか。明日も俺が勝ってようやく相星なんだから負けるわけにはいかないな」


 相撲の練習が終わって笑い合う二人。仲の良い兄弟を見て、行司役のおじいさんも目を細めています。


「まことに良い子たちに育ったのう、ばあさんや」


「本当ですねえ、おじいさん」


 お昼のお弁当として、得意料理のきび団子を作って持ってきたおばあさんも嬉しそうにうなずいています。


 そうした生活を続けてきた二人は、もう立派に若者と呼ばれる歳になっていました。


 そんなある日、村に来た行商人が恐ろしい話をしました。


「この吉備きびの国(現在の岡山県)と浪速なにわ(現在の大阪市)の間の海沿いの町や村を、鬼ヶ島から来た鬼が荒らし回っているという話です。人々を脅して食べものや宝物を奪っていくとか」


「「何だって! そんな無法は許せない!!」」


 正義感の強い若者に育っていた桃太郎と桃双太は、口を揃えて叫びました。


 そして、桃太郎は桃双太に言いました。


「双太、悪い鬼を退治するために一緒に鬼ヶ島へ行こうじゃないか! 俺たち兄弟が力を合わせれば、悪い鬼どもにだって絶対勝てるはずだ」


 しかし、桃双太はこう言いました。


「いや、待ってください。兄さんは長男だから、この家を守る義務があります。それに、今まで育ててくれたおじいさんやおばあさんを放って鬼退治には行けないでしょう。鬼退治には僕がひとりで行きます」


 それを聞いた桃太郎は無念そうに言いました。


「ううむ、確かにお前の言うとおりだ。俺はここに残って家や村を守ろう。だが、気をつけろよ。お前ひとりでも鬼どもに負けるとは思えないが、相手は数が多い。鬼ヶ島に行く途中で一緒に戦ってくれる仲間を見つけるんだ」


「わかりました兄さん!」


 そして二人はおじいさんとおばあさんに、桃双太が鬼退治に行くと伝えました。最初は心配していたおじいさんたちでしたが、桃双太の決意が固いと知ると、おじいさんは陣羽織やのぼり旗を買い、おばあさんはお弁当のきび団子を作ってくれました。桃双太だけに与えるのは不公平だと、留守番をする桃太郎のためにも同じもの準備しています。


 さらにおじいさんは、蔵の中から二振りの太刀を持ちだしてきました。


「これは、このようなときに備えて、お前たちのために長船おさふね村の刀鍛冶に打ってもらっておいた太刀じゃ。お前たちの強力にも耐えられる丈夫さと長船鍛冶の誇る切れ味を兼ね備えておる。これならば鬼の金棒にも負けんじゃろう」


 長船村は名高い刀鍛冶を多く生み出したことで有名です。


 二人は喜んで陣羽織を着て、きび団子を右腰に付けて、太刀を左腰に挿し、『日本一』と書かれたのぼり旗を背負いました。


「立派だぞ双太。鬼退治は頼んだ!」


「兄さんもお見事です。留守を頼みましたよ!」


 そう言い合うと、桃太郎を残して桃双太は鬼ヶ島目指して旅立ちました。


 桃双太が歩いて行くと、道ばたに二匹の犬が居て、桃双太を見ると声をかけてきました。


「もしもし、お侍様、お腰につけたきび団子をひとつ我々兄弟にくださいませんか」


 それを聞いた桃双太は、にっこり笑って答えました。


「いいでしょう。ただし条件があります。僕は桃双太という名で、これから鬼ヶ島に鬼退治に行くところです。どちらか一匹がお供として鬼退治についてきて、残りの一匹が村を守っている僕の兄さんの所に行って助けてくれるなら、君たちに一個ずつきび団子をあげましょう」


 それを聞いた犬たちは相談すると、兄犬が桃太郎の所に行って助け、弟犬が桃双太のお供となって鬼退治に行くことにしました。そこで、桃双太は弟犬の方にきび団子をあげると、兄犬には『この犬にきび団子をあげてください』という桃太郎宛の手紙を渡しました。


 こうして、兄犬は桃太郎の所ヘ向かい、弟犬はおいしそうにきび団子を食べました。それから桃双太と弟犬は鬼ヶ島目がけて旅を続けました。


 しばらく行くと、今度は二匹の猿が道ばたに居て、桃双太に声をかけました。


「もしもし、その美味しそうなきび団子をひとつオイラたち兄弟にくれないかな?」


 それを聞いた桃双太は、犬たちのときと同じ条件を出しました。猿の兄弟は相談して、やはり兄猿が桃太郎の所に行き、弟猿が桃双太のお供になることにしました。そして、犬たちと同じように兄猿は桃太郎宛の手紙を、弟猿はきび団子をもらいました。


 そして兄猿は桃太郎の所に向かい、弟猿はきび団子を食べてから、桃双太たちと一緒に鬼ヶ島への旅を再開しました。


 さらにしばらく行くと、今度は道ばたの木の上に二羽の雉がとまっていて、桃双太に声をかけました。


「もしもし、そのええ匂いがするきび団子をひとつワイら兄弟にくれへんか?」


 そこで桃双太は、やはり同じ条件を出しました。雉の兄弟も相談して、ほかの二組と同じように兄雉が桃太郎の所ヘ、弟雉が桃双太と一緒に行くことにしました。兄雉は桃太郎宛の手紙を、弟雉はきび団子をもらって、兄雉は桃太郎の所ヘ進み、弟雉はきび団子を食べてから桃双太たちと一緒に鬼ヶ島に向かいました。


 こうして、弟犬、弟猿、弟雉をお供にした桃双太は意気揚々と鬼ヶ島に向かいました。やがて、鬼ヶ島の最寄りの海岸できび団子をお礼にして船を借りた桃双太たちは、荒波をものともせずに海を渡ると、勢い込んで鬼ヶ島に上陸しました。


 ところが、鬼ヶ島には鬼たちは居ませんでした。鬼の砦に入ってみると、もぬけのからです。


「やや、これはどうしたことだろう?」


 桃双太がいぶかしんでいると、弟犬が何かの匂いを嗅ぎつけて砦の奥目がけて走って行きました。


「桃双太さん、ここに人がとらわれています!」


 行ってみると、牢屋の中に美しい姫が捕まっているではありませんか。


「おお、大丈夫ですか!? 今お助けいたします!」


 そう言うと、太刀を一閃! 一刀のもとに牢屋の扉の錠前を叩き切って、お姫様を助け出しました。


「お侍様、ありがとうございます。わたくしはみやこの者ですが、昨日、有馬に湯治に来ていたときに鬼にさらわれてしまったのです。危うく今夜には食べられてしまうところでした。あなた様は命の恩人です」


 そうお礼を言うお姫様に、桃双太は尋ねました。


「悪い鬼どもはどこでしょう?」


「また、どこかの村を襲いに行ったようです」


 それを聞いた桃双太は驚いて叫びました。


「何ですって!? こうしてはいられません。鬼どもの後を追って悪さをする前に退治しなければ!」


 しかし、智恵のある弟猿が桃双太に言いました。


「桃双太さん、鬼どもがどこの村を襲いに行ったのかわからないのに、むやみに動いても疲れるだけで村を救うことはできないよ。ここは雉に鬼を探しに行ってもらおうよ」


 それを聞いた弟雉は胸を張って言いました。


「任しとき! ワイが空をひとっ飛びして、必ず鬼どもを探して来るさかい!」


 こうして、弟雉が鬼を探しに行きました。


 さて、鬼どもはどこへ行ったのでしょうか?


 何と、桃太郎が留守番をしている村を襲いに行っていたのです! 鬼どもは桃双太が海沿いの道を歩いているときに、大船で沖の方を航行していたので、途中ですれ違ったのに気付かなかったのでした。


「鬼が攻めてきたぞー!」


 桃太郎が守る家に、村人の悲鳴と逃げ惑う足音が聞こえてきました。


「食い物とお宝を出せ! 出さないと皆殺しにするぞ!!」


 そう大声で脅しているのは鬼の大将です。と、その前にひとりの娘が立ちました。村長の娘です。娘は鬼どもに向かって叫びました。


「おやめなさい! そんなに大きくて立派な体があるのに真面目に働きもしないで悪さをして、恥ずかしくないのですか!?」


 それを聞いた鬼の大将は怒りましたが、娘が大層美しいのを見てニヤリと笑いました。


「何だと、小生意気な娘め! だが、お前は美しいな。よし、お前ら、こいつも連れていけ! 昨日さらった姫と同じように一晩牢屋にぶち込んでおけば元気もなくなるだろう。そしたらみんなで食ってしまおう」


 そう言うと、手下の鬼どもといっしょに美しい娘を捕まえようとしました。慌てて逃げ出した娘を追って鬼どもも走り出します。


「待て、お前たち、悪いことは許さないぞ! さあ、こっちへ」


「ああ、桃太郎さん!」


 そこにさっそうと現れたのは桃太郎、兄犬、兄猿、兄雉たちです。鬼から逃げてきた娘を背後にかばうと、太刀を抜いて鬼どもの前に立ちはだかりました。


「何だお前は!?」


「日本一の桃太郎だ! 悪い鬼どもめ、退治してやる!!」


「小生意気な若造め……お前ら、やってしまえ!!」


 鬼の大将の命令に、鬼どもは金棒を振りかざして桃太郎たちに襲いかかりました!


 しかし、桃太郎たちの強いこと。


 兄犬は鬼どもの足元を素早く駆け回っては噛みついて歩けなくしてしまいます。


 猿は近くの家の屋根に飛び乗っては、そこから石を投げたり、頭の上や背中に飛び乗ってひっかいては、捕まる前にもう一度屋根や塀の上に飛んで逃げるなど、素早い動きで鬼どもを引っかき回します。


 雉は空高く舞い上がると、そこから急降下して鬼の目を狙って突っついて見えなくして、再び空の彼方へ逃げ去ります。


 そして桃太郎は、その強い力をいかして、大柄な鬼ども相手でも、ちぎっては投げ、ちぎっては投げと大暴れ。桃太郎に投げ飛ばされて、ほとんどの鬼は目を回して戦えなくなってしまいました。


「何てだらしのない奴らだ! こうなったら俺様がお前らをまとめてやっつけてやる!!」


 怒った鬼の大将は、自慢の金棒を振りかざして桃太郎に襲いかかります!


「よし、お前が最後だ!」


 そう叫んで太刀を抜いた桃太郎。鬼の大将めがけて斬りつけます。


 ガキン! とものすごい音がしたかと思うと、桃太郎の太刀と斬り合った鬼の大将の金棒は真っ二つに斬られてしまいました!!


「バカな!?」


 一瞬呆然とした鬼の大将でしたが、その隙を見逃す桃太郎ではありません。


「えーい、やあっ!」


 太刀を投げ捨てると、鬼の大将に組み付き、得意の相撲でビューンと投げ飛ばしました。


 ドッシーン! と凄い音がして、頭から地面に落ちた鬼の大将も目を回してしまいました。


「どうだ、参ったか!」


「こ、これはかなわん、逃げろーっ!!」


 ようやっと立てるようになった鬼どもは、ほかの気絶した鬼や足を怪我して歩けない鬼をかついで、ほうほうのていで逃げ出すと、浜辺に泊めておいた大船に乗って鬼ヶ島目がけて尻に帆かけて去っていきました。


「ありがとう、桃太郎さん!」


 村長の娘に抱きつかれた桃太郎は思わずほほを染めました。


 村人たちに被害はなく、鬼を追い返した桃太郎は村の英雄として、ほめたたえられました。そして、村長は桃太郎を娘の婿としてむかえ、いずれは村長の地位を譲ることにしたのです。


 さて、その一方で海の上を飛んで鬼どもを探していた弟雉は、大きな船が鬼ヶ島目指して全速力で航行しているのを見つけました。


「ありゃ鬼やないか!」


 その船に鬼どもが乗っているのを見た弟雉は、急いで海岸に飛び帰ると桃双太に報告しました。


「よし、この海岸で鬼どもを迎撃しよう!」


 そう決断した桃双太たちは鬼どもを迎え撃とうと待ち構えます。そして、とうとう大船が鬼ヶ島の海岸に泊まりました。


「やれやれ、ひどい目にあった……」


 そう言いながら、桃太郎に投げられたときにできた頭のこぶをさすりさすりしつつ船を降りようとした鬼の大将は、海岸で桃双太たちが待ち構えているのを見つけました。


「げえっ、さっきの怪力侍! いったい、どうやって先回りしたんだ!? 神通力じんつうりきでも使ったのか?」


 まさか双子の弟がいるなどとは想像もしていなかった鬼の大将は、てっきり何か恐ろしい神通力を使って桃太郎が先回りしたものと勘違いしてしまいました。


「ダメだ、あんなに強い上に神通力まで使える相手に勝ち目はない……」


 船を降りた鬼の大将をはじめとする鬼どもは、全員で桃双太の前に土下座して叫びました。


「ごめんなさい、降参します! もう悪いことはしないので許してください!! 今まで奪ったものは全部返します」


 いきなり鬼どもに降参された桃双太は驚きましたが、改心したのなら許してやろうかと思いました。そして、鬼どもに今まで奪ったものを大船に積ませて、一緒に元の持ち主の所ヘ返しに行きました。


 元の持ち主たちは桃双太に大いに感謝して、桃双太をほめたたえました。そして、最後に牢から救い出したお姫様を都に送り届けたところ、姫の父親は有名な武将で、桃双太の武勇にすっかりほれこんでしまい、桃双太を婿に迎えることに決めました。


 こうして、桃太郎は故郷の村で村長の美しい娘と夫婦になって幸せに暮らし、桃双太は都で有名な武将の美しい姫と結婚して婿となって幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

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