第3話 レベルアップ

 ワンワンがエンシェントドラゴンから力を受け取り、数日が経った。


 暫くはエンシェントドラゴンの傍で泣き続けていたワンワンだったが、やがてお腹が空いて格納鞄(高級)からパンや干し肉、水の入った水筒を取り出して食事をする。そしてお腹が満たされると、再びエンシェントドラゴンの死体を見て泣いた。暫くすると泣き疲れて寝てしまう。


 三日ほどそのような生活を繰り返し、ワンワンはようやく涙を流さなくなる。そしてエンシェントドラゴンの死体はこのまま野晒しにするのは可哀想だと思った。そこで、回収可能なものの中に、エンシェントドラゴンの死体とあったので、悩んだが【廃品回収者】で回収をした。


 回収した時にも涙が溢れそうになったが、必死に耐えた。


 そして涙を流す事がなくなった日から【廃品回収者】にばかり触れるようになっていた。というか、それ以外にやる事がないからだ。自分の身を守れるまでは、外に出てはいけないとエンシェントドラゴンとの約束がある為、世界樹の下からワンワンは動かなかった。


 実際、世界樹の下から動かないという選択は正しい。世界樹の周囲はエンシェントドラゴンの存在の残滓が残っており、魔物は警戒して近付こうとしない安全地帯だからだ。暫くはエンシェントドラゴンがこの世にはもう存在しない事に気付かないだろう。


 それに【廃品回収者】を使えば、ここから動かなくても、ものを回収するという形で外界に触れる事ができた。といっても、最初に回収した格納鞄や、エンシェントドラゴンを倒そうとした人々の装備以外は魔物の死体ばかりであった。


 それでも何気なく一覧にあるものに触れて回収していった。そして気になったものだけを取り出して、世界樹の下に並べ、それを見て一人で満足していた。さながら彼のコレクションといったところだろう。


 並べられたもののほとんどが魔物の骨で、ドラゴンキラーや黒王虫の鎧などの凄みのあるものは回収しているものの出してはいない。どうやら、それらは彼のお眼鏡にはかなわなかったようだ。


「あむあむ…………むふっ」


 そして、なぜかそれらの回収した骨をよく噛む。そして満足そうに笑みを浮かべるのだった。顎は鍛えられそうではあるが……まあ、本人が嬉しそうであるから良しとしよう。


 こうして回収可能なものは回収をして、自分なりに気に入ったものは手元に出していった。ただ、そんな生活もやがて限界が来る。寂しくなってしまったのだ。同じ生活を繰り返していると、嫌でも自分が一人だという事に気付かされる。


「あれ? これって……」


 寂しさを紛らわすように回収可能なものを眺めていたワンワンはある変化に気付く。


 回収可能な一覧の上に書かれている内容に変化があった。【廃品回収者・レベル1】と表示されていたのが、【廃品回収者・レベル2】となっていたのだ。ちなみに回収可能なものは魔物の死体ばかりだったが、そこにも少し変化が見られた。



【廃品回収者・レベル2】

・壊れた鍬×7

・壊れた桶×14

・壊れた靴×12

・壊れた器×13

・ボロ布×23

・錆びた包丁×3

・穴の開いた鍋×1

・腐った野菜×456

・腐った肉×124

・ボロ小屋×1



 どれも見た感じ使えそうにないが、明らかに人の手で加工されたものが回収可能なものに多く加わっていた。


 ワンワンは早速加わったものを回収して幾つか出してみた。


 腐った野菜、腐った肉に関しては大小様々な様々な野菜や肉であった。ただ、異臭を放っており、それを同じく回収した壊れた鍬で遠くに押しやって、地面に穴を掘って埋めた。腐ったもの以外はそれなりに気に入ったらしく幾つか出して、世界樹の下に並べていた。


 そして回収した中で最も気に入ったのが、ボロ小屋だった。雨風を辛うじて防げそうだが、強風が吹けば崩れてしまいそうなほどに貧相な小屋だ。


 だが、ワンワンは大層それが気に入った。どれも壊れていたり、古かったりしていたが、使えそうな家具が揃っている。そしてボロいものの、埃っぽさを感じさせず、掃除が行き届いていた。つい最近まで人が住んでいた温もりが、そこにあった。


 その温もりに魅かれるように彼は小屋で過ごす時間が長くなる。そして、小屋で過ごしながら、ふと思う。レベルが上がってこんな素敵なものが手に入るなら、もっとレベルを上げたら、もっと素敵なものが手に入るんじゃないか。


 どうやったらレベルが上がるのか。レベルが上がった時の事を必死に思い出して、一覧からものを回収した途端にレベルが上がった事に気付く。


 そこで、ワンワンはそれから一覧にある回収可能なものを押して、押して、押し続ける。そして一覧から全てなくなるまで回収したのだった。


 しかし、一度全てを回収してもレベルが上がる事はなかった。


「むう……つまんないのっ!」


 望んだ結果にならず、不貞腐れてしまい床に寝転がる。そして格納鞄(高級)から干し肉を取り出して食べ始めた。干し肉をはむはむ齧りながら床を右へ左へ転がる。


 しかし、出しっぱなしにしたままの回収済みの方の一覧が目に入り、あるものの存在に気付いて干し肉を食べるのをやめた。


「んんん? これって………………人?」



・ナエ(女)



 回収済みの中に“ナエ”という女性と記された人名が載っていた。

 最初回収した時は特に気にせず押していたので気付かなかった。ワンワンは他にも人が居ないか念の為、確認するが、それ以上人は回収していなかった。


 どうして人が回収できたのかは分からない。だけど、ワンワンは胸が高鳴っていた。人に会える、そんな期待。世界樹の下から外の世界へ出ない限りは誰とも会えないと思っていた。しかし思い掛けず、チャンスが巡って来たのだ。


「怖い人じゃないといいな……」


 期待半分、怖さ半分といった様子で、ワンワンはゆっくりと指先を“ナエ”と書かれた文字へと近付けていく。




 ――ワンワンがナエを回収する少し前のこと。


 魔族と人間が争う中、静観を決め込んでいる中立国家コルン。ワンワンの居る聖域がある国である。この国は人間と魔族の血を持った亜人が国民の八割以上を占める国。


 亜人は基本人間の見た目をしているが、体の一部に鱗が生えていたり、角が生えていたり。体の一部分が魔族のような特徴を持っている。その為、人間にも、魔族にも受け入れて貰えない者達。


 そのような亜人の国ともいえるコルンには、ガンデという住民が千人にも満たない小さな街がある。そこのスラム街に、ナエという少女が居た。歳は十前後と見られるが、そんな少女が現在複数の傭兵に追われていた。


 傭兵はコルンには多い。国自体は中立の立場だが、国民はそういう訳ではないのだ。人間、あるいは魔族の軍で仕事をする。亜人の傭兵は自国民を危険な前線に立たせなくて済むので重宝される。


 しかし、こうした人間、そして魔族のどちらの敵にもなり得る事から、仲良き隣人にはなり得ない。


 追われているナエは亜人ではなく普通の人間の少女だ。両親がおらず、誰にも養って貰えない彼女は一人スラム街で生きていた。しかし、こんな子供がまともな仕事にありつけるはずがなく、彼女はスリをして生活をしていた。


「ちっ……あいつら、しつこいぜっ!」


 先程も追い掛けて来ている傭兵の一人から財布を盗った。いつもなら振り切っているところだが、今回はなかなか振り切れずにいた。


「待てガキっ!」

「ぶっ殺してやるっ!」

「殺してやるなんて言われて待つ訳ねえだろっ!」


 なかなか振り切れないでいたが、この街に何年も住んでいる彼女は子供でしか通れない道など幾つか逃げ道がある。だからこそ、彼女には逃げ切れるという自信があり、余裕があった。


 しかし、その余裕が命取りとなった。


「くそっ! もう殺しちまえっ!」

「おう! 《グランドウォール》!」

「《ファイヤーボール》!」

「《ファイヤーアロー》!」

「!?」


 ナエの行く手を遮るように地面から土壁が出現する。慌てて壁を避けようとするが、それは許されず、次々と魔法が彼女へと降り注ぐ。全身を焼かれ、熱いという感覚を通り越し、激痛となって全身を襲う。


 そして《ファイヤーアロー》は高温の火の矢。腹部を貫通して、体を内側から焼いていた。


「がっ……うあぁ……」


 即死はまぬがれたが、彼女は虫の息。そして、もはや逃げる事もできない。傭兵達にいつでも殺される状態だ。


「おいおい、やり過ぎたんじゃねえか? 死ぬんじゃねえか?」

「あん? 別にいいだろ? こんなガキ一人くらい……って、おい! 俺の財布も黒焦げじゃねえか!?」

「金が溶けるほどの高温じゃねえから大丈夫だろ? それよりも、このガキを殺しちまおうぜ。息があるうちに手間取らせてくれた礼をしてえからなぁ……」


 一人が剣を振り上げ、彼女の首と胴体を切り離す勢いで振り下ろす。


 しかし、剣は何も斬らずに地面に突き刺さる事になる。ナエの姿が忽然と消えてしまったのだ。


 この瞬間、ナエは回収済み一覧に加わった。

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