第4話 家族ができました!
ワンワンが回収済みの一覧の“ナエ”の名に指で触れると、すぐに彼女は姿を現す。
「あ、本当に人だ……って! うわわわっ、怪我してる! 大怪我!」
全身に大火傷を負っていて、腹部に穴が開いている人を回収したとは思いもしなかったワンワンは慌てた。
どうしたらいいのか……考えるが、すぐに自分にはエンシェントドラゴンから貰った魔法がある事を思い出す。
「え、えっと《ミソロジィ・キュア》!」
「うっ……」
ナエの体を優しく光が包み込む。そして全身にあった大火傷が、腹部に開いた穴が、癒えていく。十秒も掛からずに怪我なんてなかったかのように、傷一つない肌となる。
「これで……大丈夫、かな? ねえねえ、起きて……起きてよ、お姉ちゃん」
ナエの傷が癒えた事を確認するや否や、早くお話がしてみたいワンワンは体を揺さぶる。暫く呼び掛けつつ、揺さぶり続けると彼女は目を開ける。
「う、うう……ここ、は? 生きてるのか……私は? 結構手酷くやられたはず……」
「ワンワンだよ!」
「…………」
一瞬、ナエは夢を見ているのだと思った。
さらさらとした長い金髪が印象的な、自分よりも少し歳は下と思われる可愛らしい女の子の顔が目の前にあったから。スラム街に住んでいる自分とは違う、育ちの良さが感じられる。おそらく貴族の子供だ。それなら自分のようなスラムで暮らしている者にとって縁のない存在……つまり、これは夢だ。
そう一度結論付けた。だが、ふと目の前の子供の違和感を覚える。視線を顔から下へと移していくと、その違和感の正体に気付く。服を着ていないのだ。そして下腹部についているものを見て、女の子ではなく、男の子である事に気付く。
魔法を受けて死にかけていた自分の目の前に、全裸で金髪な子供。自分は死んでしまって、目の前に居るのは天使なのではないか……などと考えていると、混乱するナエなどお構いなしにワンワンは嬉しそうに話し掛ける。
「あっ、起きた! おはよう、お姉ちゃん。初めましてワンワンだよ! お姉ちゃんは名前なんていうの? どうしてあんな大怪我してたの? どうして【廃品回収者】で回収できたの? あ、お腹空いてない? それとも喉渇いてたりしない? それと」
「ちょっと待て!」
矢継ぎ早に話し掛けて来るワンワンを制すナエ。すると両手で自分の口を押さえて黙った。その仕草が可愛いなと思いながら、ナエは改めて状況を把握しようと深呼吸をする。そしてワンワンに尋ねる。
「……なあ、お前は誰だ?」
「ワンワンだよ!」
「いや、そうじゃなくて……まあ、いいぜ。それよりも私は死にかけていたはずだ……もしかして、お前が治してくれたのか?」
「ワンワンだよ!」
「…………ワンワンが治してくれたのか?」
「そうだよ!」
「そうか……」
ちょっとした打ち身や切り傷なら、魔法によって一瞬で綺麗に治る。だが、自分の傷は一般的な回復魔法では、まるで怪我がなかったかのように綺麗に治す事まではできない……そこまで考えて、一度思考が止まる。
怪我をしていた事が嘘のような綺麗な体を眺めてある事に気付いたのだ。
「どうして私、服着てないんだ!?」
咄嗟に自分の体を隠すように自身を抱き締める。まさか、ワンワンが意識を失っている間に何かしたのではと疑いを持った。だが、自分の体についていた何かの燃えカスが地面に落ちるのを見て、すぐに魔法のせいで燃えてしまったのだと理解する。
「な、なあ……なんか着るものないか?」
「着るもの? えっと……」
ワンワンは【廃品回収者】で回収したものの中から“ボロ布”を幾つか取り出す。ワンワンの目の前に現れた“ボロ布”は、端切れのようなものもあれば、掃除にでも使ったかのような酷く汚れた布があった。
「はい!」
「…………服はないのか?」
「これくらいしかないみたい…………ごめんなさい」
彼女の望むものではないとワンワンは感じ取り、肩を落として落ち込んでしまう。そんな彼を見て、慌てて問題ないと応える。
「い、いや! 気にすんなっ……とりあえず、これと……これ。使わせて貰うぜ」
ボロ布のなかから比較的大きめなものを選び、自分の胸と腰に巻いていき、最低限は隠したのだった。
「……それで、お前……いや、ワンワンか。何者なんだ?」
「何者? ワンワンだよ!」
「……いちいち可愛いな、こいつ。そうじゃなくて……まあ、色々話を聞かせてくれ」
漠然と尋ねても自分の求める情報は引き出せない。そう悟ったナエは一つ一つ、細かくワンワンに話を聞いて行く事にした。
そしてワンワンに関する事を全て聞き終わった頃には、ナエ自分の状況もよく理解する事ができ、頭を抱えていた。
「こ……ここが聖域? 嘘だろ……」
「お、お姉ちゃん、大丈夫? 頭痛いの? 《ミソロジィ・キュア》!」
「いや……大丈夫だぜ。そんなに魔法を使うと魔力がなくなって辛く……ああ、エンシェントドラゴンから魔力を貰ったから、これくらい問題ないのか?」
エンシェントドラゴンの事、そして【廃品回収者】の事もナエは聞いていた。
だが、どれも最初はナエにとっては信じられるものではなかった。だが、【廃品回収者】の力を見せた事、そして一度小屋の外に出て世界樹を見た事で、ワンワンの言っている事を全て信じる事にした。
ただ、誰の所有物でもない【廃品回収者】で、どうしてナエを回収できたのか。そういった疑問は残るが、とりあえず今はその事に関しては考えても仕方のない事なので、二人は考えるのをやめていた。
「エンシェントドラゴンが死んでも、聖域には強い魔物がいっぱいいるって聞くし……街に戻るのは無理か……」
「ご、ごめんなさい……お姉ちゃん……」
「いや、別に気にしなくていい。おかげで私も助かったんだし……。それに街に戻りたい訳じゃねえからな」
「家族とか……居ないの?」
「父さんも母さんも……だいぶ前に死んじまったぜ。ガンデの街に到着してすぐ、傭兵達のいざこざに巻き込まれてな……」
それは二つの傭兵団の争いだった。どういう理由で争いが起きたのかは、ナエは知らない。しかし、その争いに巻き込まれ、何処からか飛んで来た魔法によって命を落とした。それからナエは一人で生きている。
両親が亡くなった事は随分前で心の整理はついているつもりだった。だが、誰かに語る事なんてなかったので、二人が死ぬ瞬間の光景をナエは思い出した。
「……えっ」
不意に小さな温もりを感じた。ワンワンの小さな手が彼女の両頬に触れていたのだ。彼は心配そうに彼女の事を見ていた。
「大丈夫、お姉ちゃん? なんか辛そう……」
「っ!」
心配そうに自分の顔を覗き込むワンワンに対し、ナエは思わず顔を逸らした。優しくして貰えるなんて事は両親を失ってから一度もなかった。その為、このまま真正面からワンワンの優しさを受け止めれば、泣いてしまう気がしたのだ。
だが、頬に触れているワンワンの手の上から自分の手を重ねて、その小さな温もりに暫く彼女は浸るのだった。
暫くしてから二人はこれからの事を話し合う事にした。どちらにせよナエもここから出る事はできないので、ここに住むという事は確定だ。子供二人であれば、食料もまだまだ十分過ぎるほどあり、当面は問題なさそうだ。
「さてと……そんじゃ、少し見てみっか」
それからナエはボロ小屋の中を詳しく調べていないとの事だったので、調べようと立ち上がった。裁縫道具でもあれば、布を縫い合わせ簡単な服が作れると考えていた。その際にはワンワンの分も作ろう……などと思った時だ。
「家族になろうよ!」
「はぁ?」
唐突にワンワンが声を上げたと思えば、そのような提案をする。
自分は告白されているのかとナエは思ったが、そうではないらしい。
「だって一緒に暮らすんだよ? それって家族でしょ?」
「いや、それだけで家族とは……うっ」
家族の定義に関して正そうとするナエだったが、ワンワンの期待するような目を見て何も言えなくなる。その目は宝石のように輝いていた。
この目を失望で曇らせたくはない。そう思ったナエは当初口にしようとした言葉とは、違う言葉を口にする。
「ま、まあ、家族になるくらい、いいぜ……」
照れ臭そうにするナエ。その言葉にワンワンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。この時、ワンワンが犬であれば、尻尾を激しく振っていた事だろう。
「僕、家族を作るのが夢なんだ! ナエはお姉ちゃんね!」
「し、仕方ねえな! じゃあ、ワンワンは弟なんだから、しっかり姉の言う事を聞けよ!」
「うん!」
こうして二人は姉弟となったのだった。
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