第2話 廃品回収者

 木漏れ日を受け、エメラルドグリーンの鱗が美しく輝くエンシェントドラゴン。そして、その足元で恐れる事なく、むしろ興味津々とばかりに見上げる小さな男の子。それは、まるでお伽噺の一場面のようである。


 エンシェントドラゴンはワンワンに語り掛ける。


「何も、憶えていないのか?」

「うん! どうしよう?」

「儂に訊かれてもな……。やれやれ、とんだ小僧が死に際に来たもんだ。仕方ない、魂の美しさに免じて手助けをしてやろう」

「ありがとう! おじいちゃん!」

「おじ……まあ、よい。さて、どうするか……」


 手助けをするにしても、どうしたらいいものか考える。

 何しろこんな事は千年以上生きていて初めてなのだ。まず、記憶喪失を治す事を考えた。怪我を負っているようには見えないが、頭を打って記憶を失ったのかもしれない。あるいは呪いが掛けられている可能性がある。


 そこでエンシェントドラゴンは一つの魔法を使用する。


「ジッとしていろ……《ミソロジィ・キュア》」


 《ミソロジィ・キュア》は回復魔法の一つ。怪我や呪いが原因であれば、これで記憶を取り戻せるはずだ。


「ふわっ! 光ってる! 何これ!」

「ジッとしていろと言っただろう!」


 青白い光がワンワンの全身を包み込む。はしゃぐ彼を叱るが、まるで気にせず楽しそうに飛び跳ねている。エンシェントドラゴンはこれまで恐怖されるのが当たり前で、ワンワンの反応に軽く戸惑いながらも魔法の効果を確認する。


「……怪我や呪いの影響ではないようだ」


 魔法の手応えがなかったようだ。記憶を取り戻せないのであれば、送り届けるのは難しい。何処か適当な孤児院に渡そうかとも思ったが、それは惜しいと思った。帰る場所がないのであれば、この綺麗な魂が穢される事のない場所がいい。せめて身体的にも精神的にも充分に成長するまでは。


 だが、その肝心の場所が思いつかなかった。いや、一つだけ、この聖域に住めば他の人との接触をしなくて済むと考えに至る。


「だが……果たしてこんな小僧一人で生きていけるか…………ワンワン、ステータスを見せてくれるか?」

「ステータス?」

「…………ステータスも覚えていないのか?」

「うん!」


 元気良く答えるワンワンに対して、いったいどれだけの記憶を失ってしまったのかと心配になるエンシェントドラゴン。しかし、今は彼に生きる力があるかどうかを確認しなくてはならない。


 ステータスを知らないワンワンに説明するのも億劫だと、エンシェントドラゴンは確認をする。


「《シーカー・アイ》」


 あらゆるものの正体を知る事ができる魔法。人のステータスも見る事ができるが、対象の運命力が自身より低く、また差がない場合だと、見る事ができない。


 ちなみにステータスは、生命力、攻撃力、守備力、魔力、俊敏力、知力、運命力となっている。それ以外には使用可能な魔法も見る事ができる。


 そしてフェルのステータスはというと、普通の子供と同じような数値が並んでいた。

 これでは、やはり孤児院に預けるべきだと思ったが、一つ目を引くものがあった。


「【廃品回収者】? スキルのようだが……聞いた事がないな……《シーカー・アイ》…………んん? 見えないな?」


 魔法やスキルに対しても《シーカー・アイ》を使えば、どのような力を持っているのか詳細を見る事ができる。だが、ワンワンの持つ【廃品回収者】は見る事ができなかった。


 このような事は今までなかったが、原因を探るよりも【廃品回収者】の力を知る事を優先した。これはワンワンの行く末を左右する可能性があり、またエンシェントドラゴン自身もどのような力を持っているのか気になった。


「ワンワン、【廃品回収者】のスキルがどういったものか分かるか?」

「【廃品回収者】………………あ、うん! 分かるよ!」


 最初【廃品回収者】と聞いてた時、まるで初めて聞いたというような反応だった。だが、その名前を聞く事で自分の中にスキルがある事を自覚できたらしい。


「どんな力なのか教えてくれるか?」

「えっと……捨てたものを、回収するんだって!」

「…………うむ、字面からそれは分かるんだが……具体的に捨てたものというのはどういったものがあるのだ?」


 ワンワンは自分のスキルの使い方を探っているのか、目を瞑って、拳を握って両手を上下させる。不覚ながらその動きを愛らしく思ってしまったエンシェントドラゴンだったが、表情には出さないようにした。


 そして一分ほど経つと目を開けて、両手をエンシェントドラゴンへと向ける。


「えっと……こんな感じ!」

「むっ……これは……」


 ワンワンの両手から半透明の板が出現したのだ。そこには文字が書かれている。よく見てみると、ものの名前と数字が並んでいて、おそらくそれが回収できるものなのだろう。




【廃品回収者・レベル1】

・ドラゴンキラー×1

・黒王虫の鎧×1

・炎帝のペンダント×1

・格納鞄(国宝級)×1

・格納鞄(高級)×34

・錆びた鎧×102

・錆びた剣×109

・ユグドラシルモンキーの死体×76

・ユグドラシルベアーの死体×7




 最初に映し出されていたものはこのような感じであった。

 それからワンワンは下から上へと指をなぞると、一覧が動いて他の回収できるものが出て来る。矢印が消えるとそれ以上は出て来なかった。どうやら矢印は回収可能なものがまだある事を示しているらしい。


 そして、それを見てエンシェントドラゴンは【廃品回収者】の力の詳細を推察する。


 範囲は明確には分からないが、少なくとも聖域全土のものは回収できる。

 そして捨てたもの、所有権を放棄したもの…………例えばモンスターの死体であれば、おそらく他の上位のモンスターがこれ以上食べられないと判断したものだろう。


 また、ドラゴンキラー、黒王虫の鎧、炎帝のペンダントなどは、エンシェントドラゴンが殺した者が装備していたものだ。殺した後、エンシェントドラゴンに所有権が移ったが、興味がなく放置した事から所有権が放棄されたと判断されたのだろう。


 そしてワンワンが生き残るのに、注目すべきは格納鞄の存在だった。


 格納鞄は特殊な魔法を掛けた鞄で、見た目の何倍もの量が入れる事ができる。そして高級以上となれば中に入れておけば、時間さえも止められる。国宝級はおそらくエンシェントドラゴンを殺した後に入れる為のものだろうが、高級の方には攻め込んできた兵の食料等が入っているに違いない。


「ワンワン……一覧にある格納鞄の高級を一つ出せるか?」

「うん! えっとね……こうやって…………こう!」


 格納鞄(高級)を一度押す。すると、もう一つの一覧が出て来て、「格納鞄(高級)×1」と記載されていた。それを押すと、ワンワンの前に格納鞄(高級)が出現する。


 どうやら一度回収してから、別のところに保管されるらしい。


「中を見てみるといい……食べ物はないか?」

「食べ物……あったよ!」


 鞄の口を開けて手を入れると、すぐにワンワンからすれば大き過ぎるパンが出て来た。


 これで暫くは食料には困らない。しかし、やがて食料も尽きる。ここで生活するにしろ、聖域を出るにしろ、力が必要になってくるだろう。


 それに、【廃品回収者】というスキルの存在。モンスターの死体を手に入れる事ができるという事は、ノーリスクで貴重な素材を入手できる可能性もあるのだ。これが良からぬ事を考える者に知られれば、ワンワンは下手をすれば奴隷にされて一生酷使されてしまう。


 美しい魂を持つ、純真無垢なワンワンを、そのような目に遭わせたくはない。

 短い時間だが、彼と接して心の底からそのように思った。そこでエンシェントドラゴンは、【廃品回収者】の力を活かして一つの決断を下す。


「……よし、いいかワンワン。これからあるものを【廃品回収者】を回収するんだ。それを回収したら、自分の身を充分守れるようになるまでは、ここで生活をしろ。いいな?」

「え、う、うん……」


 初めてエンシェントドラゴンから凄みを感じたワンワンは、戸惑いながらも言う通りに一覧を見る。


「何を回収すれば…………あ」

「今、出て来たものを回収しろ」



・エンシェントドラゴンの生命力

・エンシェントドラゴンの守備力

・エンシェントドラゴンの魔力

・《ミソロジィ・キュア》

・《ミソロジィ・シールド》

・《シーカー・アイ》



「良かった……どうやら放棄すると思えば、ステータスや魔法を回収の対象できるようだ……」

「こ、こんなの、貰えないよ! せ、生命力って……命、でしょ? とっちゃったら、おじいちゃん死んじゃうよっ!」


 一覧に追加された内容にワンワンは動揺する。だが、エンシェントドラゴンも譲る気はないようだ。


「いいんだ……儂の寿命は尽き掛けておる。ただ、攻撃力などはお主には似合わん。その魂を穢さず、美しいまま、生きて欲しい」


 ワンワンが生きていくうえで必要な力だけを、エンシェントドラゴンは手放そうと意識した。

 その結果、ワンワンは【廃品回収者】で回収する事が可能となった。ただ、生命力を回収するというのは、死を意味する。ワンワンもそれが分かるようで、回収しようとしない。


「早くせよ……このまま死にたくはないだろう?」

「死……」


 ワンワンは何かを思い出しそうだった。温かいところから、寒いところへ連れて行かれ、そのまま死にかけていた……曖昧ながら、そのような記憶が過ぎる。


「……死に、たくない……」


 そう呟いて、震えながらも下からゆっくりと回収するものを押していく。そして最後に残ったのは、エンシェントドラゴンの生命力のみ。


「それでいい……ふふっ、最後に誰かの役に立つなどと思いもしなかった……」

「おじいちゃん……ふぐっ、うううっ……寂しいよぉ……一人にしないでよぉ……」


 エンシェントドラゴンの生命力を残した状態でワンワンは泣き出す。

 この年頃の子供が一人で生きるのは酷だ。だが、どちらにせよ彼には力がなくてはならない。今、外に出ても幸せな生を送るのは難しいだろう。


「泣くでない……儂はどちらにせよ、長くはともに居られぬ。寂しいのであれば……自分を守れる力を充分に養ってから、外に行けばいい。そこで家族でも作るがよい」

「ひぐっ、か、家族?」

「そうだ……儂は作らなかったが、ずっと一緒に居られる存在だ。寂しくなくなるだろう。だから今は我慢するんだ……」


 その言葉を聞いて、涙は止まらなかったが、小さくワンワンは頷く。


「う、うん……分かった……家族を作るね……」

「ああ……そうするがよい。さらばだ」


 ワンワンがエンシェントドラゴンの生命力を押すのと同時に、先程まで喋っていた巨大な体躯は地響きを立てて横たわる。


 そして、回収可能な一覧にはエンシェントドラゴンの死体が増えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る