一章 予知される未来 3—3


 僕らは焼き物の店をひやかしたり、坂の途中から八坂の塔をさがしたり、観光気分をまんきつした。

 清水寺の境内に入ると、緑が濃くなって、いやされるなあ。大半、葉っぱ落ちてるけど。もっと早ければ、紅葉がキレイだったのに。


「現地調査ってことで、地主神社まで行ってみる?」

「せやな。どうせ、ヒマやし」


 清水寺本堂は拝観料かかるんで、僕らは下の道をあるいて、おくへまわった。

 茶屋の前を通り、清水の舞台を見あげて、滝の堂、音羽の滝へとやってくる。


「音羽の滝って、無病息災、不老長寿が叶うんだよね。僕、飲んでくる」

「おいおい、ほんまに観光やな」

「僕は長生きしたいんだ!」


 呪いなんかに負けないぞ。

 兄ちゃんと二人で、百まで生きるんだ!

 でも……神頼みなんだけど。


 僕はあきれる三村くんをものともせず、滝の水をたらふく飲んだ。

 冬場だから、冷たいのなんの。

 うーん。無病息災を願っときながら、お腹こわしそうだぞ。

 欲ばりすぎはダメってことか。


「あとで猛にも飲ませてやらないと。うちからペットボトル持ってくればよかったね。くんどいたのに」

「いつでも来れるやろ。近いんやし」

「まあ、そうだけど。ええと、向こうは子安の塔だから、地主神社に行くには、舞台よこの階段をのぼるんだな」


 僕はガイドブック片手に歩いていく。これから起こる、あの事件に関係するんで、配置をくわしく書いておこう。


 紅葉のなごりの樹木のあいまを石段が通り、左手に清水の舞台のある本堂。右手に奥の院が見える。

 石段をのぼりきると、本堂の出口と合流。

 地主神社は、そのさきだ。

 鳥居をくぐって、かるく『く』の字になった短い石段をあがったところに、その神社はある。

 境内に、蘭さんの思い出の恋占いの石があった。しめなわされた、ひざたけの石だ。

 良縁を求める女性参拝客が、かなりいたので、僕はビックリ。


「うっ。男二人で来るとこじゃなかったね」

「彼女できますようにって、お祈りしとこか?」

「三村くん、いないんだっけ」

「よう考えたら、おれら、今、誰もおれへんのとちゃうか?」

「だって、みんな、猛に取られちゃうんだもん」


 三村くん、大ウケ。

「おまえのあんちゃん、鬼やな」

「違うよー。彼女たちが勝手に、のぼせて、アタックして、撃沈して、去ってくんだよ。去ってくときのセリフが、みんな、いっしょ。

『ごめん。薫のあんちゃん、好きになってしもた! もう薫とは、おられへん』

 兄ちゃんに彼女、見せたが最後だよね。僕、一生、結婚できないかも!」


 近ごろは出会いも少ないし……ていうか、猛の上に、蘭さんがいるんだった。男でもクラクラしてしまう、あの蘭さんが!

 もうダメなのか。

 僕の青春……。


 ため息ついて、僕は来た道をひきかえした。

 これ以上、ここにいても、無意味だと悟った。


 帰りに茶屋で甘酒を飲んでたときだ。

 蘭さんからメールが届いた。

 けっこう長文だから、なにごとかと思えば、ちょっと事情が変わってる。


 沙姫さんのお兄さん、桜井さんが、この近くの料亭に予約を入れてたらしい。蘭さんは二人で食事をすることになったというのだ。


「蘭さん、こっちに向かってきてるんだって」


 僕が三村くんに向かって言うと、近くの席にすわってた女の人が、ハッとして僕らをふりかえった。

 つれはなく一人で、バッグも小さいし、観光客っぽくない。

 なんだろうな。じろじろ、こっち見てるけど。どう見ても知らない人だ。


 なんか、薄気味悪い。

 僕は急いで三村くんを外へ、つれだした。


「なんや。なんや。そない急がんでもええやろ」

「いやあ、なんか変な人がいたから」

「変な人?」


 僕は茶屋をふりかえってみた。さっきの女の人が、ついてくる感じはなかった。ただの気のせいか。


「ああ、いや、いいんだ。それより、産寧坂の手前まで戻っとかないと。なんか、蘭さんが桜井さんと食事するから、そこで猛と待ちあわせだって」


 僕らは清水坂をくだり、五条坂とまじわるあたりまで移動した。

 かどの店で山椒を買ってると、兄たちがタクシーで、やってくる。

 そこで下車してくれたから、僕らは七味の店をでた。


 蘭さんは桜井さんとならんで、僕と三村くんがおりてきた清水坂をあがっていく。

 この坂の中間あたりに、『正雲』という料亭がある。そこへ行くのだ。


 僕らも、さっきその店の前を通ってきたけど、自腹で入るには、敷居の高い店構え。


 蘭さんが去っていくと、猛が僕らのとこへ寄ってきた。


「妹の日記を読んでもらいたいんだとさ」

「ふうん。蘭さん一人にして、だいじょうぶなのかな」

「そんなこと言ったって、一人前一万もするような料理、つきあうわけにはいかないよ。それとも、かーくん、ゆるしてくれたか?」

「ダメっ! 一万あれば、何食、食えると思ってるんだよ」

「だから、断ったんだって」

「そうか」


 ほっとしてしまう僕は根っからの倹約家。

 うちだって前の事件で多額の報酬を得た。今現在、家計は、うるおってるんだけど、慣れって怖いね。


「まあ、心配ないよ。じつは内心、桜井さんが蘭をうらんでたとしてもだ。料亭で、あばれはしないだろ。問題は蘭が出てくるまで、どこで張りこんでるかだな。茶屋かなんかで時間つぶすとしても、一時間は、ねばれない」


「おれに任しとき」

 三村くんがリュックから取りだしたのは、スケッチブックと3Bのエンピツだ。

「スケッチしとるとな。道ばた、すわっとっても、誰も不審に思えへんねん」


 なるほど。これでも芸大卒だもんね。


「じゃあ、おれらは、みやげもの屋、ぶらついてるふりでもしてる。三村は『正雲』の入口が見える場所で、張っててくれるか?」


「なんかあったら、薫にメールするわ」それで僕らは、さらに二手にわかれた。


 清水坂は、みやげもの屋がならんでいる。観光客にまじって、そのへんを歩いていれば、怪しくは見えないはずだ。


 いちおう、遠くを監視できるよう、三村くんの双眼鏡を借りてきた。


 僕と猛が、みやげもの屋に入って、まもなくだ。

 三村くんから電話がかかってきた。

「なあ、おい。蘭が一人で店、出てきよったで。そっちのほう、向かっとる」


 え? 蘭さんが一人で?

 はて、なぜでしょう。

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