一章 予知される未来 2—3


「いいから、あんた、帰りぃ。しつこいと警察、呼ばなあかんくなんで」

 こっちは三村くんだ。


 いったい何事かと、僕はかけよる。

 門前の二人が、ふりかえった。

 なんだ。不審者じゃなかった。


「あ、かーくん」

「真島さん。それに、奥瀬さんも」


 真島さんは猛の高校からの友だちだ。ごっつい体格に、気の弱いクマみたいな顔。


 もう一人は蘭さんの友人の奥瀬さん。僕より、ちょっと上な感じだから、たぶん、蘭さんの同級生かな。


「ヒマやし、猛、誘いに来てんけど、変なことになってるぞ」と、真島さん。

「猛は仕事で出てるんです。それで、ついてきてもらえますか?」

「ああ。ええよ」


 真島さんは猛の柔道部の仲間だから、用心棒代わりに、もってこいだ。奥瀬さんも、ついてきてくれた。


 僕らが門をくぐると、玄関前で、三村くんが女の人と言い争っていた。


「あんた、しつこいで。蘭は会いとうない、言うとるやろ」

「お願いします。ひとこと、あやまりたいだけなんです」


 見れば、昨日の居酒屋の店員さんだ。たしか、井上さんだっけ。


「ああ、薫」

 三村くんが僕に気づいて、こまりはてた声をだす。

「すまん。おれがウッカリ門あけてしもて」


 井上さんは僕らをふりかえった。

 僕はともかく、いかにも体育会系の真島さんを見て、分が悪いと思ったらしかった。

 何も言わずに門をとびだしていく。


「すまん。近所の人かなんかと思て」

「まあ、しょうがないよ」


 しかし、井上さん。どうやって、うちの場所がわかったんだろうか。まさか、昨日、僕らのあとをつけてきたとか?


 そう思うと、ぞっとする。

 やっぱり、蘭さんのストーカー吸引力って強力だなあ。吸引力の変わらない、ただ一人の蘭さん!


 僕が身ぶるいしてると、玄関の戸が、ガラリとあいた。蘭さんが顔をだす。

 なんと、ロングヘアのカツラをかぶって、超素肌感メイクの女装済みだ。

 うっく。いつ見ても……キレイだなあ。テレビに出てくる、どんな女優やモデルさんより綺麗……。


「あ、こんにちは。奥瀬さん」と、蘭さん。


 奥瀬さん、蘭さんの女装、見るの初めてだったか。かたまってる。


「かーくん。猛さんは?」

「猛は、まだ仕事中」

「あ、そうなんだ。伊勢丹に行きたくて、待ってたのに」


 くちもとに人さし指あてて、小首をかしげるんだけだ……ダメだ。この人。なんか頭、クラァッと来たよ。なに、この色気。


「しょうがないなあ。三村さんでもいいですよ。二、三時間、僕につきあってくれます?」

「ええけど、おまえ……ああッ、あかん! 手ェ出してしまいそうな自分が怖いやんけ」

「怒りますよ。三村さん。ジョークも、ほどほどに」

「ジョークって……かーくん、おまえも来いや。一人で、こいつとおる自信ない」

「ええと……」


 僕は真島さんをふりかえった。

 真島さんは……あ、ダメだ。

 完全に蘭さんに見とれちゃってる。


「真島さん。しっかりしてください! この人は最近、僕らと親しくなった、九重蘭さんで——」


 れっきとした男の人ですよ、と言いかけたところに、猛が帰ってきた。


「まかれたよ。うまくタクシーつかまらなくて——おお、真島。ひさしぶり」


 猛に肩をたたかれて、大の男が、なにやら、もにょもにょ、つぶやいた。


「猛さんのお友達ですか。九重です。よろしく」


 蘭さんに手をにぎられて、真島さんは、もののみごとに、ゆでダコになった。これは完ぺきに誤解してるよ。


「あのォ、蘭さんは男……」


 運悪く、猛の声が、僕の親切な忠告にかぶる。


「なんだ。蘭。出かける気か?」

「伊勢丹に行きたいんです。明日、着てく服がなくて。ね? いいでしょ?」


 腕をくむと、やっぱり美男美女カップル。


「どハデなカッコしてくわけにはいかないもんな。じゃ、今から行くか」

「奥瀬さんも行きましょうよ。せっかく来てくださったんだから、途中でお茶しませんか?」


 蘭さんが言うので、

「お、おれも、ついていっていいですか?」

 真島さんは、みずから変態の海溝に、とびこんでいった。


 知らないからね。もう。

 僕はあきらめて手をふった。


「じゃ、僕、留守番しとく」


 三村くんがついていったのは、ぜったい、おもしろがってるんだろうな。


 かわいそうに。真島さん。いったい、いつ気づくんだろう。

 蘭さんが、男だって。


 さて、男どもがいなくなったあとだ。僕がミャーコと、のんびりコタツにあたってると、玄関の呼び鈴がなった。


 猛たちなら、カギ持ってるから、かってに入ってくるはず。


「もう、おコタから出たくないのに……」


 しぶしぶ、インターフォンまで歩いていく。

 うちの玄関、土間だから、ほんと寒いんだよね。


「どなたですか?」

「わたし……井上です」


 なんてことだ! まだ、あきらめてなかったのか。

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