一章 予知される未来 2—2


 沈黙する僕らの前で、八波は一方的に、しゃべりだした。


「じつはですね。僕は、そのパラレルワールドから来た人間なんです。八波というのは便宜上で、本名ではありません。あなたがたを混乱させてはいけないので、こう名乗ってるだけです。僕も、なぜ、こんなことになってしまったのか、わからないので困っています。それで、友人のあなたがたに助けていただきたいのです」

「は? 友人?」


 うっかり僕が合いの手、入れちゃったもんだから、ますます八波は調子ずいた。


「僕らは向こうの世界でも友人だったんですよ。こっちでもそうだから、事情を話せば、力になってくれると思って」


 猛が僕にむかって、小さく首をふる。相手になるなと言ってるのだ。


 八波は、いよいよ、あのセリフを言った。

「僕は、九重蘭です」


 あ、やっぱり。言うと思った。


「僕は……ああ、こっちの世界の僕ですが。三年前、ストーカーに硫酸をあびせられそうになったが、奇跡的に無傷ですんだ。

 ところがです。僕は、あのとき、まともに硫酸をあびてしまった世界から来た九重蘭なんです。

 言っただけでは信じてもらえないでしょうね。これを見てください」


 八波が自分のマスクに手をかけた。目の前で、それが、はずされる。

 その下にあったのは、ひどいヤケドのあとだ。

 赤く、ただれたケロイド。

 口はゆがんだまま、ひっつれて、とじられないみたいだ。

 僕らが見たのは鼻から下だけだが、たぶん、もとの相好なんて残ってないんだと思う。


(かわいそうに……この人)


 原因はわからないが、あまりに、ひどいケガをおって、現実逃避してるのだ。でなければ、ショックのあまり、ちょっと正気を失ってるのかも。


 八波は落ちついた動作で、マスクをつけなおした。


「おどろかせましたか? このせいでストーカーに狙われなくなったのはいいんですけどね。あいかわらず、人目はさけなければならない。

 それで、依頼なんですが、この世界の僕に、僕がもう一人の僕だと認めさせてくれませんか? 僕はこんな顔になったから、人並みに生活するのは困難なんです。この世界での僕の権利を折半したい。彼に僕の面倒をみてもらうのが、妥当だと思うんですよね」


 猛は、ため息をついた。

「申しわけありません。八波さん。そんな話を信じるわけにはいきません。今のところ、科学的にパラレルワールドは立証されていませんからね。あなたの身に起きた不幸には同情します。が、心を強く持って、現実を見つめてください。では、これで失礼します」


 猛がレシートを持って立ちあがった。僕は急いでコーヒーを飲みほした。ディープな話だったが、コーヒー代はムダにできない。


 二人で店をでたところで、猛が言った。

「薫。ケータイ、持ってきてるか?」

「うん。携帯してなきゃ、ケータイじゃないじゃん」

「じゃあ、出して」

「うん?」

 言われるままにケータイをポケットから出す。

 猛はそれをファミレスの店内に向けるよう指示した。

 ガラスごしに、八波の姿が見える。


 むっ。いやな予感。


「すまん。かーくん」

 言いつつ、猛は僕の肩に手をかけた。


 キター! 僕の体を電撃がかけぬけていく。

 僕は悲鳴をあげて、路上に、うずくまった。

 イタイ……これは痛いですよ。

 静電気っていうより、もはやプチかみなりでしょう。


「猛……本気で痛いからね」

「でも、写真は撮れたろ」


 たしかに撮れたよ。

 今、カシャッて言った。


「兄ちゃん、だんだん人間離れしてくね」

「いいから、見せてみろよ」


 僕は猛と頭をつきあわせて、ケータイをのぞきこんだ。

 うーん、本日、二枚めだから、ちょっとピントがぼけてるな。


 猛の念写は前述のごとく、静電気がエネルギー源。

 なので、枚数がかさむほど不鮮明になってく。


「ダメか。身元のわかるようなものが写らないか期待したんだけどな」


 写っているのは、八波の思考だろうか。まどべの八波の姿に、ゴチャゴチャと、いろんな映像がかさなってる。


 僕は蘭。九重蘭——とか、文字が浮かびあがってると思えば、制服を着た少年時代の蘭さんや、自伝の蘭さんの写真が写りこんでたり。

 病院のベッドでよこたわってるのは、たぶん八波本人。

 顔じゅうに包帯してる。


 ほかにも、たくさん写ってるけど、ケータイの画面じゃ小さすぎて、イマイチ、わからない。


「かーくん。これ、あとでパソコンに、とりこんどいて」

「はーい」

「じゃ、おまえは帰っていいよ」

「猛は?」

「気になるから、つけてみる」

「そう? ただの可哀想な人だと思うけど」

「ああいうのがストーカーになるんだろ。親兄弟がいるんなら、注意しといたほうがいい」


 まあ、そうか。


「じゃ、気をつけてね」

 僕は猛に手をふって、片道四車線の堀川通から、ほそい路地に入った。

 ビルの多い表通りから一本なかへ入ると、こぢんまりした家がならんでる。


 うちも、そんななかの一軒。

 うちは玄関が直で通りに面してる一般的な京町家ではない。

 黒板塀の門があり、家屋のまわりを庭がかこんでる。

 じいちゃんの趣味だ。


 うちの門前まで帰ってくると、不審な男の二人組が立っていた。

 門から、なかをのぞいてる。


 おかしいな。門にはカギかけてったはずなのに、あいてるぞ。

 どうしよう。猛がいないのに……と思っていると、なかから大声が聞こえてきた。


「お願いです! ひとめでいいから会わせてください!」


 あれ、女の人の声だ。

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