一章 予知される未来 1—2


 うーむ。察しますとも。

 蘭さんのストーカー体験のなかで、とくに強烈だったのが、この中二のときと、三年前の硫酸事件だ。


 中二のときのやつは、蘭さんが好きな女の子とつきあったら、嫉妬した女の子たちが、その子をいじめて自殺させた。

 そのせいで、蘭さんは世間から、いわれない中傷をうけ、転校をよぎなくされた。そのうえ、心労でお母さんが亡くなってる。自殺した子の親と裁判になったとか、そんな話だ。

 以来、蘭さんは、すっかり女性不信になってしまった。だから、美女が、くさってく物語が好きなんだな。かわいそ。


「だいたい、あの人、よく僕に話しかけられたな。井上さん、沙姫をいじめた子の一人ですよ」


 えっ? そうなの? あのおとなしそうな人がねえ……。


「人は見かけによらないんだねえ。元気だして。蘭さん」


「ありがとう。大丈夫です」


 といった一場面はあったものの、その後は、前の事件に関係あったりなかったり、いろんな話で盛りあがった。

 酒も料理も、知人のすすめどおりのおいしさだった。


「おっ。もう、こんな時間か。今夜は早めに寝とかないとな」

 馬淵さんが言いだしたのは、十一時前。

「二日酔いじゃ、美津穂さんの両親のウケ、悪くなりますもんね」

「うん。じゃあ、また会おう」


 馬淵さんが帰っていったのを契機に、僕らは、おひらきにした。


「じゃあ、僕も行くか。ほんとうは夜通し飲みたいんだが、朝一で東京に戻らないと。でも、年末年始は実家(赤城さんの実家は奈良)に帰るから。そのとき、また会おう。蘭、元気で」

 蘭さんの手をにぎって、赤城さんは帰っていった。

 たしかに、蘭さんの美貌は凶器なんだけど……赤城さんのは本気モードなんじゃないかと、僕はにらんでる。


「あいかわらず熱心やなあ。赤城さん」

 三村くんがニヤニヤ笑うよこで、蘭さんは淡々と帰り仕度。

 要するに、太い黒ぶちメガネとマスクをつけたうえ、まぶかに帽子をかぶり、顔のろしゅつを九十九パーセント抑えている。

 夜中に一人で歩いてたら職務質問されそうだが、これはストーカー対策である。


「赤城さんはビジネスパートナーとしての僕を失いたくないんでしょう。今、あの人のブランドの業績に、僕がかかせないから」


 蘭さんは赤城さんのたっての願いで、彼のブランドのイメージモデルをしてる。

 カタログ、僕ももらったけど、ムチャクチャ耽美。


 蘭さんは事件後、ひらきなおって、自伝まで出しちゃってる。

 表紙はもちろん、なかにも本人の写真、いっぱい載っけてさ。

 おかげで、売れる。売れる。

 一人で何十さつも買ってく人もいるらしい。初日で売り切れた書店が続出したという。


 世間のさわぎようを見て、いくらなんでも、これはマズかったのでは?——と、僕は思った。

 だが、蘭さん的には、もうストーカーには屈しないぞっていう宣言というか、通過儀礼みたいなもんだったようだ。


「さ、清算してしまいましょう」

「馬淵さんと赤城さんが一万ずつ置いてったぜ。残り、ワリカンにするか?」

 猛が言ったとき、蘭さんの目が輝いた。

「ワリカン! ステキなひびきですね。僕、それも初体験です」


 あっ、ごめんね。いっつも外食のとき、おごってもらうばっかりで。


 というわけで、僕らがお金のやりとりをしてたときだ。

 小銭をさしだす川西さんと、うけとろうとする猛の手が、ぶつかった。

 その瞬間、座敷ぜんたいが白く光った。


 あっ、やっちゃった。

 兄ちゃんの静電気体質、注意しとくんだった。


 しかし、時すでに遅し。

 川西さんは苦痛の表情で、たたみの上に、しりもちをついてる。

 ごめんね。変な体質の兄で。


「イッテ(本人も痛い)……すまん。川西、だいじょうぶか?」

「い……痛かったけど、平気」


 川西さんは涙目で、ほほえんだ。

「忘れてた。東堂にさわるん、厳禁やったっけ」


 兄ちゃんは念写能力のせいで、人並みはずれた静電気体質だ。

 どうも、念写するときに必要なエネルギーらしい。


 残酷にも三村くんは大笑い。

「ほんま、すげえな。クラッシャーとは聞いとったけど。電気ウナギやで」


 三村くんや川西さんは、猛の念写のことは知らない。知ってるのは、僕と蘭さんだけ。

 だから、蘭さんは苦笑して、川西さんのポケットを指さした。

「倒れたとき、音がしませんでしたか? カシャって」

「あ、スマホ。変なとこ、さわったんかな?」


 蘭さんに指摘されて、川西さんはポケットからスマホをとりだした。

 手帳型のカバーかかってるから、誤動作するなんてことありえない。


 だけど、僕らは、そこに、そのありえないものを見た。

 川西さんがカバーをひらくと、なぜかカメラの画面になってる。しかも、ちゃんと写真が写ってた。


(ね……念写だ)


 信じられない。

 兄ちゃん、ついに、ここまで能力を進化させたか。

 これまではデジタル家電はクラッシュするんで、アナログのカメラでしか念写できなかったんだけど。


「あれっ、なんでやろ? これ、写した時間、変なことになっとる。今、十一時ちょいやねえ? 三十分すぎになっとるけど……」


 川西さんはウッカリ自分が誤動作させたと考えてくれたらしかった。


 とはいえ、あるはずのないタイム表示だの、それが未来の時間になってることだの、いろいろ首をひねっている。


 猛の念写は現在過去未来、自由自在なのだ。


 僕と蘭さんの視線をあびて、猛は苦笑いした。


「なんか、のっとりとかされてたりして。ちょっと見せてみろよ」


 なにげないようすで、川西さんのスマホをのぞいた兄の顔色が変わった。


 これは、ただごとじゃないと思ったんで、僕も、のぞいてみた。


 路上に倒れる川西さんが写っていた。コートの胸あたりに変なシミができてる。大量の液体で、ぬれたような……。


(血だ——)

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