一章 予知される未来 1—1



「カンパーイ」

「カンパイ」

「カンパイ!」


 六人の声がひびく。


 京都駅に近い居酒屋『洛遊』の座敷席。僕らが集まるのは半年ぶりだ。


 ゴールデンウィークのさなかに起こった、悲しく、いまわしい殺人事件。

 僕ら六人は、その事件の生存者だ。

 ファッションブランドのオーナー、赤城さん。

 著名な彫刻家の馬淵さん。

 自分探しの旅から帰ってきた三村くん。

 それに、あの事件以来、僕らの同居人になった九重蘭さん。

 僕の兄、東堂猛と、僕は薫っと。


 最初は三村くんのお帰りパーティーを、関西圏の僕ら(僕、猛、蘭さん、三村くん)だけでするつもりだった。

 けど、ちょうど馬淵さんが、こっちに来る予定があるっていうんで、じゃあ会おうってなった。

 当然、赤城さんも来ると言いだし、今日のこの運び。

 経営者として何かと忙しい師走に、わざわざ東京から僕らに(というか、蘭さんにだろうなあ、やっぱり)会いにくるとは、見あげた人だ。


「ウマイっ! やっぱ、ビールは日本がイッチャン、うまいわ。腹にしみる」

 という三村くんは、いったい、どこを放浪してたんだか。前にもまして日焼けして、髪なんか伸ばしほうだい。チンピラみたい(ごめん。三村くん。前は、そうだったよ)というより、東南アジアのどっかの現地の人みたい。


「長かったねえ。七ヶ月だもんね。たまにインドとか、スペインとかから、絵はがき来てたから、ああ、生きてるんだとは思ってたけど」


 僕が言うと、三村くんは口に泡をつけたまま笑う。


「ほんまは、まだまだ、おりたかってんけどな。おかんに正月くらい帰れ言われて、しゃあなく帰ったんや。今度はアメリカ行こか思うとる」

「すごい髪ですね。前の馬淵さんみたい」と、蘭さん。


 僕らの視線をあびて、スーツ姿の馬淵さんは、飲みかけのビールにむせた。

「じろじろ見るな」

「めかしこんじゃってぇ。いよいよ、プロポーズなんですね」

「違う。あちらの両親に、あいさつに行くだけだ」

「お嬢さんをください——ってやつですね!」

「年上をからかうな」


 いやあ、からかいたくもなるよ。

 出会ったときの馬淵さんは、ぼろぼろのスウェット上下に、ぶしょうひげ。放置された長髪。ホームレス同然のカッコだった。

 それが好きな人と結婚するというだけで、こんなにも変われるものなのか。


「なんにしろ、めでたいじゃないですか。生きのびたって実感がわきますよ」

 そう言ったのは、赤城さん。

 なにげなく言ってから、はっとして、蘭さんを見なおす。

 あの事件で蘭さんは、親友を亡くしてる。

 最近はあまり言わなくなったけど、最初のころは、だいぶ落ちこんでた。


「あ、ごめん。暗い気分にさせてしまったかな?」

 赤城さんに問われて、蘭さんは微笑した。

「今日は、そういう気遣い、よしましょうよ。じつは僕、家族以外とお酒をくみかわすの、初めてなんですよ。だから、嬉しくって」


 はうッ。ほほえむ蘭さんを見て、胸がドキュンってなった!

 い……いかん、いかん。あいかわらず、この人の美貌は凶器だ。


 蘭さんと言っても、女性じゃない。兄や三村くんと同い年の男性だ。僕より四つ年上。正確には誕生日前で、まだ三つだけど。

 ただし、マリー・アントワネットも、トロイのヘレネーも、クレオパトラだって裸足で逃げだすような、超絶美青年。

 あまりにも美しすぎて、これまでの二十五年の人生のほとんどを、複数のストーカーに追いまわされてきた。すこぶるつきのストーカー引き寄せ体質だ。

 職業はミステリー作家。

 事件の前はストーカーをさけるため、引きこもり生活をしてた。

 でも、僕ら兄弟と暮らすために、京都に引っ越してきた。


「わあッ。なんや、なんや。今、ここがキュンってなりよったで。おっそろしいやっちゃのう。九重、おまえ、人前で、わろたら、あかん」

「おおげさだなあ。三村さんは」


 いや、おおげさじゃないよ。蘭さん。


「旅先でベッピンのねえちゃん、ナンパしてんけどな。おまえほど『美女』は、おれへんかったで」

「またまた」


 そんなこんなで話が弾んでるところに、遅れてやってきたのは、川西さんだ。兄の高校の友人で、蘭さんの中学時代のクラスメートでもある。蘭さんは事情があって、高校から東京暮らしだけど、実家は京都なのだ。


「おっ、来た。来た。川西、こっち来いよ」

 店員さんに案内されて、座敷の入口に立つ川西さんを、猛が手招きする。

 みんなは、さらに盛りあがった。みんなと出会ったとき、僕が川西さんの名前を拝借してたからだ。


「あんたが川西か!」

「ほんもんやあ」

「なんだか有名人に会った気分だ」

「おれらの恩人やで。あんたが東堂、送りこんでくれへんかったら、おれら全滅やもんな」

「それは言えてますね」

「僕もストーカーにやられちゃってたな」

「ほんま、東堂が私立探偵とは思わんかったもんな」


 さよう。僕の兄は私立探偵。僕はその助手。だけど、兄は普通の探偵じゃない。

 なんと、世界で唯一、念写ができる超能力探偵なのだ。

 兄のその力が関係してるのかどうかは謎だが、東堂家には不思議な運命がある。二、三世代に一人だけ長生きする男子がいて、それ以外は、みんな早死にしてしまう。何百年か前の先祖が、そういう呪いを受けてしまったせいらしい。僕らの両親も親類縁者も、みんな十代から三十代で死んでしまった。

 今や、東堂家の男子は、僕と猛だけ。つまり、兄弟のうちどちらか一人に、早晩、お迎えが来てしまうという、なかなかディープな運命なのだ。


 ちなみに兄は、蘭さんとは、ぜんぜんタイプが違うけど、かなりの男前。長身で、柔道、剣道三段。頭もいいし、弟の僕から見ても、カッコイイ。

 僕は自分の容姿はコンプレックスなので、くわしく述べたくない。まあ、昔から、アイドルの誰それちゃんに似てると、よく言われた。それが全部、女の子ってのがなあ……。


 さて、そんな僕らの初の事件から半年後。ようやく心の整理がついた今日このごろ。

 だが、またもや、僕らのまわりで、不穏な空気があった。その最初の予兆が、メンバーの再会の場だったことは、なんだか妙な因縁だ。


「とにかく、飲もうや。ねえちゃん、生ビール追加」

「じゃあ、おれも。川西、おまえも飲むだろ?」

「あ、うん……おねがい」


 僕らがゴチャゴチャ話してるあいだ、川西さんを案内してきた女店員さんが、ぼうっと立ってた。

 変だなと思ったら、われにかえって、急に座敷に顔をつっこんでくる。


「あの……九重くん? 九重くんだよね?」


 あれ? 蘭さんの知りあいか?

 しかし、蘭さんは顔をそむける。


「……違いますよ。人違いでしょう」


 いや、自分で答えるあたり、すでに、そうだと言ってるようなもんなんだけど。


 あからさまな蘭さんの拒絶の態度にもめげず、店員さんは、ふたたびトライした。


「九重蘭くんやろ? 中二のとき、同じクラスやった井上やけど……おぼえてへんかな?」

「知りません」

 顔も見ずに言ってのける。


 さすがに井上さんも、このかたくなな態度は、昔の知りあいには、かかわりあいたくないんだよ、という蘭さんの意思表示ととらえた。大きな、ため息をつく。

「……そうですか。すみませんでした」

 頭をさげて去っていくんだけど、僕は見たね。

 彼女の目には涙が光っていた。


「あ、ビール……って、それどころちゃうか。あれ、おまえの知りあいやろ? 九重」

 という三村くんに、蘭さんは両手で頭をかかえて、

「だって、中二のクラスメートですよ? 僕がどんな思いをしたか、みなさんなら察してくださると思うんですけど」

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