東堂兄弟の探偵録〜第二話 夢みるカマキリ〜
涼森巳王(東堂薫)
序章
彼が『彼』との共通点に気づいたのは、ぐうぜんだった。
クラスの席替えで、『彼』の左どなりになったときだ。
教科書のページをおさえた『彼』の左手を見て、彼は、ハッとした。『彼』の左手親指のつけねに、小さな、ほくろがあった。遠目では気づかないような小さなほくろだ。
ほかの誰かが見ても、気にはとめなかっただろう。だが、彼にとって、それは神の啓示でもあるかのような衝撃だった。
(僕と同じところに、ほくろ)
位置といい、大きさといい、薄い色といい、そっくりだ。
そう思って見ると、不思議と彼と『彼』の手は、とてもよく似ている。指の長さ。白く、きめこまかな肌合い。ならべた手だけを見れば、たがいの親でも見わけがつかないだろう。
それからだ。
彼が自分と『彼』を比較するようになったのは。
当時、彼はクラスの保健係をしていた。クラス全員の身体測定の結果を見る機会があった。おどろいたことに、彼と『彼』の身長、体重は、まったく同じだった。
そういえば、似ているのは手だけではない。肩幅、骨組み、肉付き……体格そのものが酷似している。
まるで一卵性の双子のように。
彼は不思議な感銘を受けた。
血のつながらない二人の人間が、ここまで似かようことがあるだろうか。
身長や体重だけでなく、ほくろの位置まで同じだなんて?
これが運命でなくて、なんであろう。
彼と『彼』のあいだには、きっと想像もつかない深い因縁があるのだ。
彼は、そう確信した。
しかし、その後、ある事情から、彼は学校を去らなければならなかった。
『彼』とのつながりも絶たれたように思った。
彼が二人の運命の深さに、あらためて気づいたのは、それから何年も経ってからだ。
つい最近、『彼』が自伝を出版した。それを読んで、彼は知った。
数年前、とぎれたと思っていた『彼』とのつながりが、ふたたび、むすばれていたことを。
三年前、『彼』はストーカーの女から、硫酸をあびせられそうになった。
あやうく、まぬがれたようだ。
あのとびきり美しい芸術品のような美貌が、もう少しで無惨に焼けくずれてしまうところだ。
やはり、そうだ。
彼と『彼』は同じ一つのものの表と裏なのだ。
二人は元は同じ一つの存在だが、運命のいたずらによって、二つに分かたれた。
『彼』は数年前の世界で、難をのがれたほうの彼。
彼は、あのとき残酷にも顔を焼かれてしまった彼。
彼は運命が『彼』のために用意した、いけにえの分身なのだ。
『彼』が焼かれずにすんだのは、彼という、もう一人の『彼』が、『彼』の負うはずだった傷を、かわって受けたからに他ならない。
彼の犠牲によって、『彼』のカルマは救われたのだ。
彼は『彼』。
そして『彼』は彼。
彼らは一人の人間の光と影。
だから、彼は思う。
『彼』は彼のものだ。
彼には『彼』の人生を生きる権利がある。
二人は今一度、一つにならなければならない。
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