五章 あばかれる魔術 2—2
*
伏見稲荷についたのは、十時ごろだ。三連休で、もっと混んでるかと思ったが、かなり早く来れた。
まあ、境内は混んでたけどね。
三が日ほどの芋洗い状態じゃないものの、人ごみにまぎれて園山に近づかれても、これじゃ、わからない。
「ああ……今年、初詣してないよね。お参りしとく?」
「なにバカなこと言ってるんだ。かーくん。やつがどこから見てるか、わからないぞ」
「そうだけど、蘭さんに厄除けの御守りくらい買っといてもいいんじゃ?」
猛はあきれてる。が、けっきょく、口をひらけば、
「しょうがないな。行ってこいよ。おまえのと、蘭のと、二つな」
心配症だなあ。
僕だって、やるときは、やるぞ。
朱塗りの本殿の左手に売り場がある。緋袴の巫女さんから、御守り二つ購入。
で、そのわきの石段をのぼってくと、奥社に続く千本鳥居なんだけど……なんだろう?
参道を歩く男どもが、やけに一点を見つめてるなあ。
そっちを見た僕は、がくぜんとした。
なんか、ものすごい美女が石段をあがってく! つばの広いぼうしから、ちらっと、よこ顔が見えただけだけど。かっこよかったー。コートのえりにコサージュなんか付けて、濃いめのメイクがキマってた。
あ、いかん。いかん。魂、吸われてた。
僕は三人のところに帰った。
「お待たせ。さっきねえ、すっごい美人がいたよ。テレビのロケでもやってるのかな。あれ、絶対、一般ピープルじゃないよ」
「へえ」と、猛は気のない返事。
三村くんはメールを打ってる。
そうか。決戦前だった。美人に浮かれてる場合じゃない。
「じゃ、行こうよ」
そこからが大変だ。
サスペンスドラマじゃ、赤い鳥居が数コマ映って、ハイ終わりだが、現実は、そうはいかない。鳥居も、どこまでも続くが、そのぶん道も、どこまでも続く。
数日前につもった雪が、まだ残ってて、純白に赤。朱塗りの鳥居をいっそう、ひきたててる。幻想的で美しいですよ。でも、階段ばっかりで、つかれた……。
「四ツ辻、まだまだだっけ……」
「もうちょっとだろ? ほら、京都の町が見えるぞ」
「わあっ、キレイ。こうして見ると、京都って、ほんとに山にかこまれてるよねぇ」
樹木のあいだから市内が見渡せる。こんな緊迫した状況でなきゃ、すごく清々しいのにな。
ようやく、四ツ辻についた。
茶屋が一軒あって、その前が、こぢんまりした広場みたいになってる。
青いベンチに僕らはすわった。
時間になるまで、ここで休憩だ。
「前は、ここで、じいちゃん特製おむすび食べたんだよねえ。大きくて、しょっぱくて、うまかったなあ。なかに梅とオカカと塩コンブが入ってた」
「あれは、うまかったな」
子どものころの記憶を共有してる人がいるのって、なんか幸せ。
今日は薫特製おむすびなので、サイズは並。ツナマヨと梅と、まぜこみワカメが一個ずつだ。
「それにしても、なんで正午きっかりに行かなきゃいけないのかなあ」
「そのほうが向こうの都合がいいからだよ」
「都合って、なんだろ」
「行ってみれば、わかるよ」
そうだけど、わかんないから聞いてるのに。
にしても、三村くん、メールばっかり。よく見たら、ラインか。
「三村くん、誰と話してんの?」
「あ? すまん。すまん。もう終わる。もとカノが、しつこいんや。『今、かーくんの握りめし食っとる。ウマイで』送信っと」
猛、爆笑。
しかも、即行で『ズルイ!』って、返信が来た。どんな彼女とつきあってたんだ……。
「そろそろ十二時だ。薫、蘭、行けよ」
猛に言われて、僕と蘭さんは立ちあがった。
ここからは作戦どおり。僕と蘭さんの二人だ。
さて、四ツ辻からの道は、大きく二又になっている。まっすぐ正面と、直角に右折だ。
一回、来たことがあるから知ってるけど、じつは、この道、つながってる。つまり、回廊みたいになってるのだ。どっちから行っても、一周すると、この場所に帰ってくる。
(ぐるっと、まわって、もとの場所……こんなシチュエーション、つい最近にも、あったような?)
そんなことを考えながら、僕は蘭さんと歩いていった。
あいかわらずの鳥居と階段のコラボレーション。何ヶ所も祠の前を通り、滝に続く分岐点をすぎる。
二十分は歩いただろうか。お山めぐり最大の難所が、僕らの前に立ちはだかった。ものすごい傾斜の階段だ。しかも長い。見上げても、最上段が見えない。
「よくこんなとこに鳥居、建ったよね。前のとき、こんなとこ、あったっけなあ」
もしかしたら、じいちゃんと来たときは反対まわりだったかも。
「蘭さん、つかれてない?」
「いいえ。大丈夫」
「なんにも起こらないけど、どうなってるんだろう」
「なにも起こらないほうがいいじゃないですか」
まあ、そうだ。
僕はふりかえって確認してみた。猛たちの姿も、園山らしいのも、ぜんぜん見えない。
「じゃあ、のぼろうか……」
意を決して、天国まで続いてそうな石段に足をふみだした。
石段には、びっしり赤いモミジの葉っぱが散っている。雪との対比がキレイだ。息さえ切れてなきゃだけど……。
「もうダメだ……どこまで続くんだ」
「かーくん、しっかり。ほら、上が見えてきた」
ほんとだ。あと少し。
ふだんの運動不足を否応なく認識。明日から、蘭さんのルームランナー、借りよう。
なんとか難所を攻略した。
もしも次に来ることがあれば、絶対、反対まわりにしよう。
「よかった。たいらな道だ。とうぶん階段はコリゴリだね」
「ちょっと休みませんか? 水も飲みたい」
僕らは難所を制覇したせいで、つい気がゆるんだ。大声で話してたし、まわりも注意してなかった。
すると、とつぜん、僕らの背後に、するっと人影が立つ。
気配を感じた僕は、ふりかえった。
そこに、あいつが立っている。黒いぼうし。黒いコート。マスクにサングラス。園山だ。待ちぶせしてたのだ。たちならぶ鳥居のあいだに隠れて。
「蘭さん! 逃げて——」
そのときには、もう園山はナイフをふりかざしていた。
僕は必死で、園山に向かっていった。いや、向かっていこうとしたんだけど、その前に、誰かにつきとばされた。
蘭さんだ。蘭さんは両手をひろげて、園山の前に立ちはだかる。
なにしてんの、蘭さん!
僕は立ちあがると、蘭さんをタックルでつきたおした。蘭さんの上に体をなげだす。
ああ、園山のナイフが迫る。
やっぱり、ここまでか。
でも、蘭さんだけは守ったよ。
猛。あとは頼む!
僕が目をとじた瞬間だ。
また近くに別の人の気配がした。
あれ、観光客か? こんなときに行きあうとは不運な人だ。
それとも、猛か?
変な悲鳴がひびきわたる。
僕は思いきって目をあけた。
園山の顔が真っ白になっている。
なんなんだ。何が起こったんだ。
テレビのコントで、よく見るやつだ。クリームパイを投げつけられたみたいな顔になってる。
いや、ちがうぞ。クリームじゃない。よく見れば、僕らの背後に立つ人が、ヘアムーススプレーを、思いきり噴射してるのだ。
たまらず、園山はサングラスをなげすてた。そして、反転して逃げだそうとする。
そこへ、ようやく、猛がやってくる。ちょうど、園山の逃げだした方向だ。猛はカッコよく、園山をねじふせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます