五章 あばかれる魔術 2—1
2
その手紙が届いたのは、それから数日後のことだ。
あれ以来、園山は現れていない。もう、あきらめたのかと思ってた。
なのに、僕がマンションの郵便受けを見ると、探偵事務所あてに封書が来てた。
ちゃんと切手をはって、郵送されてる。差出人の名前はなし。あて名は左手で書いたような、変な筆跡。
細菌でも入ってるんじゃないだろうか。
見るからに、あやしい。
「兄ちゃん。こんなの届いてた」
僕が手紙をわたすと、猛は無言で封を切った。なかには、白い便せん。
『前回、もう一人の僕が傷ついたのは、あなたがたの関与があったからです。未来が変わってしまいました。このまま放置すれば、もっと恐ろしいことが起こるでしょう。もし、あやまりを正したければ、一月十二日、もう一人の僕が一人で伏見稲荷に来てください。正午ジャストに四ツ辻を正面左手方向に歩けば、あやまりは是正されます。
僕に会うには、これが最後のチャンスです。かならず来てください。待っています。ただし、警察に知らせれば、未来は最悪の形になるでしょう』
読みおわって、僕は憤慨した。
「こんなの行くことないよ。警察に言って、張りこんでもらえばいい」
ところが、なぜか猛は断言した。
「いや、行こう。行かないと、ほんとに最悪の形になるかもしれない」
「最悪って?」
「たとえば、九重さんが襲われるとか。へたすると、おれや、かーくんだって、ねらわれるかもな。犯人は追いつめられてるから、手段をえらばない」
「追いつめられてるって……そうかなあ。園山は満足してると思うんだけど。蘭さんと一つになれて」
猛は苦笑した。
「かーくんは犯人の真意をわかってないんだよ。犯人は最終的に、蘭を殺すつもりなんだ」
「え? なんで?」
「それが一連の事件の、ほんとの目的だから」
「え? え? 蘭さんと一つになりたいんじゃなかったの?」
「そこが、すでに、やつの術中なんだよな」
「でも、それじゃ、なんで、この前、蘭さん、さらったときに……」
僕は蘭さんの手前をはばかった。
蘭さんは、さっきから、だまって僕らの会話を聞いている。
本人の前で、この前、殺す時間は充分あったよね、とは言いにくい。
すると、猛は、しかめっつらで答える。
「蘭を苦しめるためさ」
「蘭さんを……苦しめる?」
だまってるけど、蘭さんの肩がふるえる。
「蘭を苦しませ、悲しませるため。蘭の顔は、それだけで財産だ。体のほかのどこを損なわれるより、ダメージが大きい。それをわざと奪って精神的に追いつめてから、殺す。それが犯人の目的だ」
僕は寒気を感じた。
「なんで? それじゃ、まるで、蘭さんを憎んでるみたいじゃないか」
「憎んでるんだよ」
猛がなんの根拠があって、そんなこと言うのか、わからない。けど、猛の言葉が正しいことは、身にしみて知ってる。
井上さんのことも、今とは違う結果になってたかもしれない。僕が猛の言葉を信じていれば。
少なくとも、蘭さんを傷つけることはなかった。
「でも、それじゃ、園山は、今度こそ、蘭さんを殺すつもりなんじゃ……? 危険だよ。警察に任せようよ」
僕は反対した。
でも、今度は蘭さんが言いだす。
「僕は行きますよ」
「なに言ってるのっ? 殺されるかもしれないんだよ」
「みんなに危険がおよぶくらいなら、僕は決着をつけてしまいたいです」
抗議しようとすると、猛が僕の肩をたたく。
「もちろん、蘭を一人で行かせないさ。おれも行く。向こうも、そのくらいは計算のうちさ」
僕は決心した。
「わかったよ。僕も行く」
「えッ、それは……」
猛がゴネるのは、わが家の宿命を思ってのことだろう。
僕らのうち、どちらか一人は早晩、死ぬ。
だけど、ここで行かなきゃ、友達じゃない。僕は今度こそ、自分の命にかえても、蘭さんを守るって誓ったんだ。
そして——
一月十二日。決戦の日。
今日こそ、八波こと園山をつかまえてやるぞ。
作戦は、こうだ。
僕と蘭さんが手紙で指示された道を歩く。そのあとを猛と三村くんが、つけてくる。三村くんは、このために、また大阪から来てくれた。
手紙には蘭さん一人でって書いてあったけど、僕なら見るからに非力だ。園山も油断するだろうと相談したからだ。
「正午ってことは、何時に出ればいいのかな。電車の待ち時間とかも考えて、一時間もあれば行けるよね?」
「かーくん、手紙に四ツ辻ってあったろ。それ、山の上のことだぞ」
「あっ、そうか」
伏見稲荷は子どものとき、じいちゃんと行ったことがある。十五年くらい前かな。
なんか、かなり山のなかをさまよったような記憶があるぞ。
「じゃあ、四ツ辻まで行くのに、プラス一時間は見といたほうがいいね。ってことは……わっ、時間ないよ。急いで朝食、たべよう」
僕は急いでたので、野菜炒めを盛るとき、うっかり、蘭さんの皿にキャベツの芯を混入させてしまった。
蘭さん文句も言わず、ポリポリかじってる。いつもなら、自分で猛の皿に入れるのに。やっぱり、決戦前で緊張してるのかな?
蘭さんは出発前に、リビングを見まわした。
「この二週間は夢のように楽しかったです。ねえ、僕が死んだら、あの仮面をひつぎに入れてください。僕の顔にかぶせて」
三村くんが作った仮面のことだ。
傷つく前の、一番、美しかったころの蘭さん。
僕は今になって、それを見せるのは残酷だと思って、蘭さんが退院したときに、はずそうとした。
が、蘭さん本人が、そのままにしておいてくれと言った。自分の本当の顔を忘れたくないのかもしれない。
蘭さんは死を覚悟してるのだろうか。
死ぬ前の井上さんを思いだして、僕は不安になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます