五章 あばかれる魔術 2—3


 やった! さすが念写探偵!

 ん? 今、念写は関係ないか。


 それにしても、ここに猛ってことは、さっきの人は誰かな?

 やっぱり観光客か。なんて豪胆な人だ。


 ところがだ。猛にナイフをとられた園山がさけんだ。

「園山! なぜ、うらぎった!」


 へ? そういうあなたも園山では?

 僕が首をかしげながら、ふりかえると——


 なんと! そこにも園山が立っていた。黒いコートに、ぼうし。サングラス。マスク。

 ああ……園山が増殖した。

 やっぱり、こいつ、パラレルワールドから来たんだ。

 ほっとくと、何人でも増えるんだ。分裂だ。プラナリアだ。


 僕がバカなことを考えたのも、ムリはないだろう。

 とつじょ、目の前に、そっくり二人の園山を見たんだから。


 ところがだ。


「あいにく、僕は園山じゃないんだ」


 あれ……? この声?


 僕は信じられない思いで、その人を見つめた。

 マスクとサングラスでかくされた、その顔。そんなことあるわけないんだけど。絶対、ありえないんだけど。だけど……だけど、この声は、たしかに……。


「ら……蘭、さん?」


 その人はサングラスをはずした。それから、マスクも。

 その下から、あらわれたのは、輝くばかりの美貌——


「ら——蘭さんだあ! 蘭さんだ。蘭さんだ。蘭さんだあ!」


 まぎれもなく、蘭さんだ。

 ケガなんて、どこにもない。

 以前のままの、比類なく美しい蘭さんだ。


「な……なんで? もしかして、蘭さんもパラレルワールドから来たの? さらわれたあと、ヤケドする前に救出されたほうの蘭さんとか?」


 わけはわからないが、とりあえず抱きついておく。


 蘭さんは笑った。

「パラレルワールドから来たわけじゃありません。れっきとした、この世界の蘭です」


 僕は、ため息をついた。

「意味不明すぎて、わかんない……」

「考えてみてくださいよ。かーくん。僕が、おとなしく硫酸あびせられてるような人間だと思いますか?」

「それは……」


 思わない。


 蘭さんは、そういう人じゃない。

 華麗で女の人顔負けに妖艶だけど、意外となかみは攻撃的。

 華やかだけど凶暴なクジャクだ。


「じゃあ、どういうこと? だって、それじゃ、この人は? こっちの蘭さんは?」


 僕は悲しげに、うなだれてる、もう一人の蘭さんを見た。この人がヤケドを負って大ケガしたのは事実だ。これが蘭さんじゃないっていうなら、いったい、誰が——


 そのとき、ようやく、僕は気づいた。がくぜんとする。

 そうだ。それしかない。

 蘭さんが、ここにいて、そっくりだけど、顔だけは違う人が、もう一人いるっていうのなら。


「……園山さん?」


 彼は医療器具をつけたおもてをそむける。


 蘭さんが説明した。

「そうです。園山明日也さん。僕らが八波と呼んでいた人です」


 それじゃ、まさか、ケガしてからの蘭さんは、ずっと蘭さんじゃなかったってことか?

 僕のあの苦悩は、なんだったんだろう……。


 蘭さんは放心してる僕から離れ、園山さんのもとへ行く。ならぶと、ほんとに背格好は、そっくりだ。


「あのとき、園山さんが僕の身代わりになってくれたんです。僕と衣服を交換し、自分自身に硫酸をあびせた」


 つまり、こういうことらしかった。


 拉致されて、ホテルの一室にとじこめられたあと。八波(=園山さん)に、蘭さんは硫酸をつきつけられた。

 そこで、とっさに、こう切りだした。


「それを僕にかけても、君は僕にはなれないよ。僕が傷つき、君は加害者として警察に追われるだけさ。顔をつぶしたって、DNAまで同じになれるわけじゃないからね」


 ちんもくする園山さんに、蘭さんは、さらにたたみかける。


「そんなことより、もっといい方法がある。君は僕になりたいんだろう? それなら君が、そのヤケドのあとを消してしまえばいいんだよ。そうすれば、君が僕として帰っても、誰も見分けはつかない。そうだろ? 君は僕になれる」


 もちろん、蘭さんは本気で言ったわけじゃない。言いくるめてロープをとかせ、硫酸をうばいとるつもりだった。


 ところが、蘭さんを浴室に入れて、園山さんは出かけた。

 そのあと、帰ってきたときには、一人じゃなかった。共犯者がいたのだ。

 その人に硫酸を使うように強要された園山さんは、前述のごとき行動に出て、蘭さんを救った。


「そのあと、マスクとサングラスで顔をかくした僕を、『彼』は園山さんだと思い、つれだした。タクシーで移動したあと、僕は、どこかのマンションに入れられた。当座の食料をわたされ、カギをかけられ軟禁されたんです。高所だったので窓から逃げだすことはできませんでした。もちろん、電話もないしね」


 くやしそうな声を、園山さんじゃない(ないんだよねえ?)ほうの八波が、まっしろな泡の下から、しぼりだす。

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