五章 あばかれる魔術 1—2
*
翌、十二月二十七日。
猛は近所の公衆電話から、桜井駿矢を呼びだした。事件について、重要な話があるというと、桜井は不承不承、承諾した。以前の洋食屋で会う約束をした。
今日はそのあと、ちょっとした冒険をしなければならないかもしれない。なので、こまわりのきく自転車で移動する。
到着したのは、十二時少し前。
ポークソテーセットを頼んで待っていると、桜井はやってきた。いつも深刻な顔をしているが、今日は一段と暗い。
「要件はなんですか? 私も忙しい。たびたび呼びたてられては迷惑なんだが」
「事件に関して、どうしても、あなたでなければ知りえないことがあるんです。そのことで、お話を聞きたくて」
桜井は、だまりこむ。
「桜井さん。まず、先日の蘭のぶしつけな態度を謝罪しておきます。あれは、じつは、わざとでした。あなたを怒らせるのが、蘭の作戦だったんです」
「………」
「蘭はね。あなたが八波とグルなんじゃないかと考えていたんですよ。ニュースをごらんになりましたか? 園山というのが、その八波なんですがね」
「ああ……」
「園山は蘭をワナにかけるために、三十分も前から、正雲に来ていた。あの清水寺で殺人の起きた日。どうして、そんなことができたんでしょうね? あの日、蘭があの料亭に行ったのは、あなたに誘われたからだ。蘭や、蘭のまわりの人間は、誰も、そこへ行くことを知らなかった。知ってたのは、料亭の予約をした、あなただけだ。あなたなら、かんたんに、八波をあの場に配置しておくことができた。そうですよね?」
桜井は答えない。無言のままだ。
「蘭も、そう思ったし、おれも同じことを考えた。蘭は、おれには相談してなかったですがね。あいつの考えてることは、わかってた。常識で考えて、未来予知なんでできるはずない。だとしたら、予言のトリックは単純だ。前持って、そうなることを知ってる人物が、予言どおりになるよう細工するしかない。蘭をあの店に行かせ、山崎を蘭の名前で呼びだしておく。それができたのは、あなただけのはずなんだ」
桜井は顔をあげた。
「オムライス」と、注文しておいて、タバコに火をつけた。
「でも、おれじゃないよ」
猛は笑った。
「そうなんです」
「なんや。わかってたんか? それなら、あらためて聞くことないだろうに」
「まあ、もうちょっと、いいじゃないですか。順を追って話させてください」
桜井がだまっているので、猛は続ける。
「あなたが本当に八波とつながっているのかどうか。それを確かめるために、蘭は、あなたを呼びだした。正雲で会った翌日のことです。正雲でのことは、あるいは、あなたが別の誰かに話していたのかもしれない。
だが、こっちから仕掛けたことで、なおかつ八波が現れれば、あなたは限りなく怪しいってことになる。わざと、あなたを怒らせて、あなたが、なんらかの行動に出るかどうか、観察したわけです。
だけど、あの日、あなたは薫と話したあと、まっすぐ、うちに帰った。おれと蘭で、そのあとを尾行した。あなたは無関係だったのかと思いました。
だが、そのあと、殺人事件は起こった。八波も現れた。おれたちの尾行が終わったあと、あなたが出かけたかどうかまでは、わからない。けっきょく、あなたの疑いはグレーのまま」
そこで、注文のオムライスが来た。桜井はタバコをもみけし、オムライスを食べ始める。
「うまいですか? それ」
たずねると、桜井は意表をつかれたようだ。
「なに?」
「オムライス、うまいですか?」
「ああ……うまいよ」
「沙姫さんも好きだったんですよね? 蘭と二人で食べたそうです」
「………」
「ねえ、桜井さん。あなたは本当に沙姫さんのことが大切だったんですね。妹さんを殺された悔しい気持ち、わかりますよ。おれも弟を殺されたら、一生、そいつのこと、ゆるせません。復讐に、殺してやりたいとすら思うだろう。だけど、もし——」
すると、とつぜん、桜井が笑いだした。目に涙がたまるほど笑ってから、桜井は言った。
「やっぱり、兄弟なんやな。弟くんと同じこと言いだすから、おかしくて」
「薫。そんなこと言いましたか」
「だけど、もし、殺されたのが自分なら、人を憎み続けることだけで生きてほしくない——やろ?」
「なるほど。同じですね」
桜井は大きく、ため息をつく。
「あの日、じつは、おれ、九重くんを殺人犯にしてやるつもりやった」
「えっ?」
「須永を呼びだしたのは、おれなんや。あいつだけが、沙姫をいじめたやつらのなかで、まだ生きとったから。あいつを殺して、その罪を九重くんに、かぶせてやる気でいた。コートのポケットにナイフをかくし持ってた」
「なのに、気が変わったんですね?」
「あんなふうに言われちゃなあ。また君の弟くん、ちょっと沙姫に似とるんやな。むじゃきな感じが」
桜井は自嘲ぎみに笑った。
「あれは痛かった。沙姫に言われとるみたいで」
「なるほど」
「まあ、けっきょく、おれがやらなくても、誰かが、やってくれた。あのあと、いろいろ考えた。これで、よかったんかなと。おれには、自分の手で人を殺すことはできない。それに、けっこう気がとがめるもんやな。憎い相手とはいえ、ほんまに死なれると」
猛は桜井を見つめた。
「知ってたんですよね? 夏からこっち、通り魔に殺された三人が、沙姫さんの事件の加害者だと」
「そりゃ、気づかんほうが、どうかしとるやろ。恨んで、恨んで、憎み続けた相手や。沙姫を殺しといて、平気な顔して生きとるやつら。名前も顔も、絶対、忘れへん。みんな死ねばいいと思ってたら、ほんまに死んだんや。最初は、もろ手あげて、拍手かっさいしたよ。だけど、ニュースで見るやろ。遺族のなげきとか。ああ、うちと同じやなと思った。家族にとっては大事な人なんやなと……」
「後味が悪くなりましたか?」
「まあね。でも、だからって、警察に知らせに行こうとも思わなかった。このまま、ほっといたら、もしかしたら、全員、死ぬかなと思って、待っとった。だから、自分で手はくだしてへんけど、自分でやったも同然やな」
「後悔していますか?」
「まったくしてない言えば、ウソになる。けど、おれは気にしない。こんなん、いくらでもガマンできる。沙姫を亡くした痛みにくらべれば」
猛は安心した。じつは、この人も自殺するんじゃないかと心配していたのだ。
「あなたは強い人だ。あなたなら、いつか、きっと、前を向いて歩きだせる」
「今度のことで、わかった。けっきょく、自分しだいなんだな。憎い相手が死んでも憎しみは消えへん。大切な人が死んだ悲しみも消えへん。自分がそこから抜けだそうとせんかぎり、何も終わることも始まることもない。そういうのに疲れたっていうのもあるんかな。ここらで、終わりにしたい。九重くんのことも、もうええよ。彼は彼で、自由に生きたらいい」
「伝えておきます」
桜井はオムライスを、猛はポークソテーセットをたいらげる。
「じゃあ、ここからが用件です。教えてもらえますか? あなたが正雲に予約を入れたこと、誰かに話しましたか?」
桜井は考えこむ。
これまでとは違うためらいが、桜井に生まれたことを、猛は感じた。
「心あたりがあるんですね? または、蘭が呼びだして、ここで待ちあわせたときのことは?」
桜井は少し、ほっとした。
「待ちあわせについては、よう考えたら、あのとき、井上さんが来てた。電話の受けこたえを聞いてたんだな」
「なるほど。そこの情報源は井上ですか。でも、正雲は違いますよね?」
また、だまる。
桜井が頑強に口をとざす理由を、猛は知っていた。
「桜井さん。あなたも気づいてるんじゃないですか?」
「………」
「あなたが隠しても、おれは知ってます」
猛は蘭の中学校の学生名簿をとりだした。ある部分を指でさす。
あきらかに桜井は、あわてふためいた。
「違う! だって、井上さんが殺された日、おれは、あいつに会った。刑事に聞かれた、きのさき3号。あれが出発した時間、あいつといっしょにいた」
「それ、何時何分か、正確におぼえてますか?」
「正確にはムリだ。でも、十一時二十分は確実にすぎてた」
「場所は、どこですか?」
「二条のあいつの自宅。駅前にマンション、持ってる」
きのさき3号は、十一時二十五分に京都駅を出発する。京都駅は七条と八条のあいだ。二条から数分で移動できる距離ではない。それこそ、瞬間移動でもしなければ。
猛の顔を見て、桜井は勝ちほこったように断言する。
「これ、アリバイやろ? あいつには犯行は不可能なんだ」
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