五章 あばかれる魔術 1—1

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 猛が出ていってすぐ、川西さんは帰っていった。生徒さんが待ってるっていうから、しかたない。


 僕らはモノポリーをして遊んだ。

 蘭さんが子どもみたいに、はしゃいでた。僕は、また、せつなくなった。


 夕食は今日は、すき焼き。

 ほんとは蘭さんの好きなカレイの煮つけとかにしたかったんだけど。遊んでたら、遅くなっちゃった。蘭さんも、すき焼きでいいって言うし。


 さて、僕が夕食の準備をしてたときだ。

 テレビでニュースをした。八波が指名手配されたって報道だ。


「清水寺女性殺害事件を始めとする六件の殺人容疑で、園山明日也、二十六歳が指名手配されました。警察は園山容疑者の自宅マンションを家宅捜索しましたが、園山容疑者は不在。足どりは不明です」


 へえ。僕らが遊んでるうちに、ずいぶん進展したんだなあ。

 猛から警察に情報が行ったのかな?


「マンションにはいなかったのか。とっくに、どっかに逃げてるよねえ」


 それにしても、テレビの力って、すごい。

 昨日まで警察の作成した似顔絵しか出てなかったのに、本名が判明したとたん、写真が映ってる。

 中学くらいのときかな。

 ヤケドを負う前の園山の顔は、平凡で、なんの特徴もない。むしろ、おとなしそうな少年だ。


(こいつが、井上さんを殺したのか。こいつが、蘭さんの顔を……)


 そこへ、猛が帰ってくる。


「猛。見てよ」


 猛は、チラッとテレビを見て、ため息をついた。

 画面には、警察が園山のマンションから、押収品を持ちだしていくところが映っている。


「このマンションなら、おれも行ったよ。警察が調べる前に」


 さすが、念写探偵。


「近所で聞きこみしたよ。だけど、園山は一ヶ月以上前から自宅マンションには帰ってないみたいだな」

「ふうん。そんなに前から、どこに行ってたんだろ? あの外見だから、どこ行っても目立つはずなのに」


 僕は言ってしまってから、ハッとして、蘭さんをうかがった。

 蘭さんは気にしたふうもなく、テレビを見ている。


 僕は声をひそめた。


「まさか、もう死んじゃってたりしないよね?」

「やめろよ。不吉なこと言うの」

「だって、八波——いや、違った。園山は蘭さんになりたかったわけで。目的をはたしたから、満足して死んじゃったり……」

「それはない」


 なんで、断言できるのか?

 まあいい。


 猛は、ひとりごとのように、つぶやく。


「だけど、あれ以来、連絡がないのは、なんでかな」

「第三の日記は必要ないでしょ」

「畑中さんに電話かけてみるか。もしかしたら、ナイショで情報くれるかも」

「それって情報ろうえいだよね?」

「ほんとはマズイんだろうな。でも、おれの情報収集能力が警察より一枚上なこと、畑中さんは、よく知ってる。てきとうに働かせて、新しいネタつかませるほうが得だと思ってるだろうよ」


 そりゃね。かなうはずないじゃん。

 ふつうの人間の刑事さんたちが、念写で過去、現在、未来、人の心のなかまでわかっちゃう人に。


 猛は頭いいし、腕っぷしも強いし、スポーツ万能だし、背も高くて男前で……ズルイ。超能力くらい、僕が持ってたって、よかったのに。


 猛は事務所の固定電話から、畑中さんに電話した。以下、そのときの会話だ。


「東堂さんか。園山のマンションに、例の日記の本体があった。切りとり跡もピッタリや。筆跡も鑑定待ちやが、見たとこ同じやな」


「うちに入れられてたのは、そこから切りとったほうですね。その日記、何月何日まで書かれてますか?」


「ちょうど、おたくに送られた十二月十五日が、しまいやな。そのあとは空白になっとりますわ」


「ほかに重要な発見がありましたか?」


「クローゼットのなかから、夏に殺された通り魔殺人の被害者の毛髪のついた服が見つかった。やっぱり、今回の事件と三件の通り魔殺人は、同じ事件やった」


 こういうときのお決まりだ。

 猛は腑に落ちない顔をしてる。毛玉が吐きだせないで消化不良になったミャーコみたい。


「警察は園山が六人の女を殺したと考えているんですね」

「それ以外、考えられへんやろ」

「じゃあ、動機はなんですか?」

「その点も日記に書かれとった。園山は九重くんになりきったつもりで、初恋の彼女を自殺に追いこんだ六人に復讐したんですな」

「六人ね……」


 猛は無意識みたいに、つぶやく。

 そして、礼を言って電話を切った。

 でも、ふりかえったときには、いつもの猛だ。


「おっ、今日は、すき焼きか。蘭が来てから、メシが豪勢だなあ。肉。肉。魚。肉。だよな」

「しょうがないじゃん。猛のかせぎじゃ、イモ。冷や飯。カップめん。だよ」

「おまえ、年に億かせいでるやつと、いっしょにするなよな」

「はいはい。できあがりぃ」


 夕食のあいだ、僕らはバカ話に花を咲かせた。事件のことなんか、まるきり忘れたように、ふるまって。


 でも、このとき、猛には事件の真相が、もう見えてたみたい。

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