四章 偽装する殺人 3—4
僕は男五人の胃袋をみたすために、材料を冷蔵庫から出して、キッチンに立つ。
さあ、調理しようとしたときだ。足元に、なにやら毛玉がつっかえた。
「ミギャアッ」と、ものすごい抗議の声を聞いて、調理台の下をのぞく。すると、わが愛猫ミャーコが目を怒らせていた。
「ごめん。ごめん。痛かった? なんで、そんなとこにいるの。ミャーコ。ほら、あっち行ってなさい。おまえの大好きな蘭さん、帰ってきたよ」
ミャーコは素知らぬふりをした。
おかしいなあ。
ミャーコは人見知りするけど、もう三村くんには、なれてるはずだし……。
そうか。はっと気づいて、僕は悲しくなった。
ミャーコにとっては、変なお面で顔をかくした蘭さんは見知らぬ人なのだ。そこが、チクショウの浅はかさなのか。それとも、やっぱり顔なのか。ミャーコ。薫兄ちゃんは悲しいぞ。
僕が切ない気持ちで大量のヤキソバを作ってると、川西さんはやってきた。動揺をおさえてはいるが、お見舞いの花を持つ手はふるえている。
「昼休みって、おまえ、中学校の先生だろ? ぬけだして、よかったのか?」
自分で誘いだしておいて、いけしゃあしゃあと猛は言う。
でも、おかげで、川西さんは気をとりなおした。
「学校はもう冬休みだよ。美術部の顧問やから、クラブ活動に行ってるだけで」
「あっ、そうか。じゃあ、よかった。こっち来てすわれよ。薫がメシ作ってるから」
僕はともかく三人前を大皿に盛り、テーブルに置いた。
前は蘭さんが小皿なんか出してくれたんだけどね。今、やってくれとは言えない。僕は大忙し。
「さき食べてて。残り、作るから」
僕がジュウジュウやってるあいだ、四人は、もくもくと食べる。
蘭さんのマスクは目口の部分は、あいてるし。
猛が蘭さんの取り皿に盛りながら言う。
「それで、川西。聞きたいことがあるんだ」
「うん。なんやろ」
猛は蘭さんの皿に入ったキャベツの芯を、自分のハシでとって、そのまま食べる。蘭さん、キライなんだよね。キャベツの芯。
「この前、話題に出た、おまえの美術部の友達」
「ああ……そのこと……」
川西さんの表情はくもった。やっぱり、なんか心当たりがありそうだ。
「大事なことなんだ。そいつが、おれたちの捜してる、八波って男だと思う」
川西さんは、だまりこんだ。
僕はギリギリ話にまにあった。カラになった大皿に残り三人前を持って、蘭さんのとなりに、すわる。
そして、おどろいた。
川西さんは泣いていた。
「川西さん……」
猛が僕を制して、川西さんの肩に手をかける。
「そうじゃないかと思ってたんだよな?」
川西さんは、うなずいた。
「ごめん……僕が、もっと早う、言うてれば、九重くんは……」
「それを言いだしたら、おれたちも同じだよ。おれが、あと少し早く、蘭を見つけてれば、誰もケガしなくてすんだ」
違う。僕が自分の恋に舞いあがって、うかうかしてたからだ。
マンションの静脈認証を突破されたのは、まだしかたない。でも、蘭さんに出てくと断っておけばよかった。そしたら、合鍵のない三つめのカギが、蘭さんを八波から守ってくれたのに。
猛は言った。
「おまえのせいじゃないよ。川西。な、蘭? そうだよな?」
ここで、蘭さんに聞くのか。残酷だな。
でも、蘭さんは、うなずいた。
「ほら、な? 蘭も、こう言ってるし。教えてくれ。その男、名前はなんていうんだ?」
川西さんは語りだした。
「園山明日也くん。中一のときのクラスメート」
「なんだ。二年じゃないのか」
猛が言うと、川西さんの顔は、また暗く沈む。
「園山くんは、二年になれへんかったから」
「というと?」
「大ケガして、入院して、そのあと、しばらく養護施設におったらしい。学校には、もどってこなかった。僕は園山くんの家に何度か行ったけど、会わせてもらえなかった。看護師みたいな人に断られて。誰にも会いたくないって言ってるって」
「なんで、会いたくなかったんだろう?」
「それは……」
川西さんは、ちらっと蘭さんを見て、くちごもる。
なるほど。八波のあの顔のヤケド。そういうことか。
「顔にケガしたからだろ?」
猛が言うので、僕はビックリした。
よく蘭さんの前で言えるね。
さっきから猛の無神経がピークなんですけど。
川西さんは、こまったように小さく、うなずく。
「それに、園山くん。ケガするちょっと前から、ようすが変やった……」
「変って、どんなふうに?」
「それが……九重くんのマネするようになって。髪型とかは、まあ、ぐうぜんかなと思った。けど、そのうち、しぐさとか、歩きかたとか、絶対、わざと似せてるんやなって。クラスの子に九重くんと間違えられると、すごく嬉しそうで……心配やった」
「そいつ、蘭と似てたのか?」
「うん。似てたよ。骨格が似てるんやね。絵に描くと、体のバランスなんか、そっくりになった」
顔のヤケド。蘭さんをまねる異常な行動。よく似た体格。
まちがいない。その男が、僕らの知る、あの八波だ。
「白いカマキリは、園山くんの好きな主題やった。そのカマキリが自分なんやって言ってた。夢見続けてれば、いつか、カマキリも花になれるんだって」
……妄想かな?
「花は蘭のことなんだろうな。蘭のマネしてたってのは、そういうことだろ?」
マネし続けてれば、蘭さんになれるって? そんなバカな……。
猛は続ける。
「でも、園山は、なんで、そんなふうになったんだ? これがヤケドしたあとだったなら、まあ、わかるよ。でも、その前から、そうだったっていうんなら」
たしかに、蘭さんに、あこがれたってだけなら、髪型をマネするくらいで、ふつうの中学生は満足する。
蘭さんそのものになりたいと思うなんて、ちょっとあこがれの域じゃない。自分の存在そのものを消してしまいたいと願うなんて。
川西さんは悲しげに、うなだれる。
「園山くん、義理のお父さんに、ぎゃくたいされてたらしい。ケガのこと、ニュースでやっとった。そうやないかと、思ってた。園山くん、よう青アザ作ってたし、あんなふうに九重くんのマネしだしたんも、義理のお父さんと暮らすようになってからやった」
言いながら、川西さんが両手をにぎりしめる。
「僕は、いくじなしやった。誰かに相談する勇気、あれへんかった。園山くんのお父さんに恨まれるんちゃうかと思うと……。アホやったね。友達なんだ。助けてあげなあかんかったのに」
ああ、同じだ。川西さんも。井上さんと同じ人。
自分の弱さを悔いながら生きてる。
「あのとき、僕が勇気だして言ってたら……せめて、親にでも。そしたら、園山くんは犯罪者になんか、なれへんかったはず」
そのとき、すっくと、蘭さんが立ちあがった。
僕はビクビクしてしまった。
蘭さんをこんなふうにした八波をかばうような発言に気分を害したのか?
いや、違う。蘭さんはテーブルごしに、川西さんの肩に手をかけた。蘭さんの位置からだと、立ちあがらないと届かなかったのだ。
「恨んでませんよ。きっと、彼は喜んでいる。あなたが忘れないでいてくれたこと」
蘭さん、なんて寛大なんだ。なので、僕も援護だ。
「そうだよ。悪いのは義理のお父さんで、川西さんじゃないよ」
すると、猛がマジメな顔して言った。
「川西、あと一つだけ教えてくれ」
こんなときは事務的な会話のほうが冷静になれるのかな。
川西さんは、少し泣きやんだ。
「何を?」
「この五人、蘭の彼女をいじめてたやつらだろ?」
女の人の名前を猛が、つらねる。
川西さんは、うなずきかけてから、首をひねった。
「四人は、そうだね。あのことで停学になった人たちだ。でも、山崎さんは、どうやったかな。少なくとも停学組みではなかった」
「え?」
猛はいつものポーズで考えこむ。にぎりこぶしを口にあてて、まさに考える人だ。
「そういえば、山崎だけは洛北清心を卒業してる。じゃあ、あの人は無関係なのか? でも、それじゃ、なんで、あのことが……」
猛は急にイスから、とびあがった。じいちゃんのお古のコートのポケットから、薄い冊子をとりだす。
パラパラめくって、猛はさけぶ。
「そうか! ジグソーパズルの一番だいじなピースは、ここにあったんだ!」
なんか、どんどん奇矯になってくなあ……わが兄。
某有名ミステリーの探偵みたいだぞ。誰とは言わないけど。
猛は自分の皿のヤキソバをかきこんだ。
「行ってくる」
宣言して外へ向かう。
「東堂。待ってくれ」
川西さんが呼びとめた。
「もし園山くん見つけたら、僕にも会わしてくれへんか。あのときのこと、謝りたい」
すると、猛はふりかえり、
「おまえの気持ち、園山には伝わってるよ」
断言した。
なんなんだろうな。
こういうときの猛のことば。
なんでか確信的で、たのもしいんだよね。
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