四章 偽装する殺人 3—1
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やっと面会許可がおりた。
集中治療室から個室の病室に移った蘭さんを見て、僕はショックが隠せなかった。プラスチックみたいな半透明の仮面で、すっぽり顔をおおっていたのだ。皮膚の再生をうながす医療器具だと、あとで知った。
「蘭さん……」
蘭さんはベッドのなかで目をとじていた。僕の声を聞いて、こっちを見た。
「来てくれたんだ。かーくん」
仮面のせいで、くぐもって聞こえる。けど、声は思いのほか明るかった。
動揺したことをさとられちゃいけない。僕は気をとりなおして、笑顔を作った。
「そりゃ来るよ。友達なんだから」
「ありがとう。さっきまで、パパもいたんだけどね。時間だから仕事に行っちゃった」
「府庁は近いもんね」
「猛さんは?」
「八波をつかまえるんだって、このごろ、毎日、朝から出てくよ」
「そうなんだ」
心なしか、蘭さんが悲しげになった。といっても、仮面のせいで表情は見えないんだけど。
「僕は毎日、来るよ! ほんとは、もっと早く来たかったんだけど、面会の許可が出なくて」
「自分では元気なつもりなんだけどね。顔のほかに問題あるわけじゃないから。毎日、たいくつで」
「本、持ってきてあげようか。あと、なんか、いるものある?」
僕は蘭さんのまくらもとのスツールにすわった。近くで見ると、半透明な器具の下の皮膚の色がすけてみえた。
僕は、また動揺しそうになった。
失明はまぬがれたというが、器具のスキマから見える目元は赤く、ゆがんでいる。
思わず、僕は目をそらした。体がふるえてくる。
——あのケガじゃ、治っても、もとの顔には……。
猛の言葉が不吉に思いだされる。
(僕の……せい。僕の……)
ふるえている僕を見て、蘭さんが、つぶやく。
「嫌いですか? こんな姿になった僕は」
僕は、あわてた。
「違うよ。そうじゃない」
「じゃあ、ずっと友達でいてくれますか?」
「もちろんだよ。約束する」
僕は蘭さんの手をにぎりしめた。
それから、毎日、自転車で病院にかよった。蘭さんの好きそうな本や差し入れを持っていった。洗濯や買い物も僕がした。毎日、何時間も病室ですごした。
蘭さんは、すっかり元気になったように見えた。
猛や三村くんも、たまに来た。
九重さんが来てることもあった。
一度だけ、桜井さんが見舞いに来た。前にハデに言いあってたから、絶対、来ないと思ってた。桜井さんは無言で花たばを渡して帰っていった。帰るとき、少し、ほっとしてるように見えたのは、なんだったのだろう。
数日後。
「明日、ケガの状態を診て、退院の日を決めるそうです」
蘭さんから聞いたとき、僕はギクリとした。ついに来るべきときが来たか、という気分だ。
僕は、まだ、蘭さんの仮面の下を見たことがない。ケガの状態が、それほど、ひどくなければいい。
家に帰ってから、僕は猛に、そのことを告げた。
「そうか。じゃあ、明日は、おれも行こう」
「猛、一回しか見舞いに行かなかったろ。薄情すぎるよ」
「早く八波をつかまえたいんだ」
その気持ちも、わからないではない。
八波は断じて、ゆるせない。蘭さんをあんなめにあわせ、井上さんを殺した。人をこんなに憎いと思ったことは初めてだ。
翌日、僕らは蘭さんの病室に集まった。僕、猛、三村くん、九重さん。それに、蘭さんのお兄さんの武臣さんだ。
「みんな、おおげさだなあ。まだ退院できると決まったわけじゃないのに。ねえ、先生?」
みんなが緊張するなかで、蘭さんだけが異様に、はしゃいで見えた。
ベテランの専門医が応える。
「では、診察します。家族のかた以外は出ていてもらえすか?」
しかし、蘭さんが言った。
「僕は、かまいません。僕、退院したら、また、かーくんたちと暮らしたいんです。だから、いっしょに見てもらっていたほうがいい」
「そうですか? では……」
医師の手で医療器具が、とりはずされる。半透明の仮面の下から、素顔があらわれる。
僕は、涙があふれた。
美貌は一片も残っていなかった。
一生を蘭さんに捧げよう。僕のつぐなえる道は、それしかない。
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