三章 呪われるバースデー 2—1


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 翌日から、蘭さんはマンションにカンヅメ状態。

 恐ろしいストーカーの魔の手から、のがれるには、ここより適した場所はない。


 うちの自宅から歩いて数分。

 五条通に面した八階建て。

 京都市内でも最上級のマンションだ。

 出入口は静脈認証。

 おまけに戸別のドアも、もともとのカギのほかに、蘭さんが二つも補助キーをつけている。

 そのうちの一つは、ピッキングではあけられないやつで、合鍵が作れない。

 窓は強化ガラスに交換済み。

 だから、ベランダから窓をわって侵入することもできない。


 部屋は三LDKの七階、角部屋。最上階は泥棒に狙われやすいから。

 二部屋が蘭さんの書斎と寝室。

 一部屋が僕と猛の泊まりこみ用の寝室。


 二十畳のリビングルームが、居間兼、僕らの探偵事務所ってわけ。

 りっぱな家具も、蘭さんが用意してくれた。なのに、いまだ、この事務所に依頼人を通したことはない。

 このままだと、僕ら一生、蘭さんのSPと家政夫で終わってしまう!


 さて、このばんじゃくなマンションに、僕ら四人は立てこもった。

 長丁場を見越して、今回はミャーコもつれてきてる。


 十二月十四日。

 第二の殺人予告の前日。


「今日も来てないみたいだな。八波」


 双眼鏡で窓の外を見てた猛が、そう言って、リビング中央に、もどってくる。

 今のところ、八波からのモーションはない。

 この前の日記のことは、もちろん警察には言ってある。

 蘭さんのお父さんにも、蘭さんが連絡した。


 よって、明日のデートはご破算になった。

 蘭さんはお父さんと祝う誕生日、楽しみにしてたからなあ。そのぶん、ガッカリしてるみたいだけど。


 誕生日パーティーも、さすがにマズイだろうと、予定変更だ。

 一日前倒しの今日、やってしまうことになっている。


 それにしても、マンションにこもって、退屈だ。退屈のあまりだろうか。三村くんが、ゆかにブルーシートをひろげだした。


「蘭、ちょっと、ここ来てみ」

「いいですけど、なんですか?」

「二十六さいの記念に、おまえのマスク作っとかんか? たぶん、今が、いっちゃんキレイやと思うねんな。将来、孫に自慢できるで」

「なるほど。それ、石膏ですか」


 なんだ。石膏か。僕はまた、三村くんが手打ちソバの実演でもやりだすのかと思った……。


 蘭さんは言われたとおり、三村くんの前にすわった。いやがらないんだ。意外。

 三村くんは、なんかオイルみたいなのを蘭さんの顔にぬっている。


「うわっ。おまえのほっぺた、スッベスベやのう。ほんま、男か? 怖いわ」

「……なぐりますよ?」

「やめェや。本気やからな。おまえの場合。この顔で暴れん坊って、サギやで。ほな、目ェつむっときや」


 三村くんは蘭さんの麗しの美貌に石膏をぬりたくった。ヘラとか使って、形をととのえてる。

 三村くんが芸大卒って、ほんとだったんだ。


 僕はそのあとの作業を見てない。

 パーティーのための買い出しに行ったからだ。


「かーくん、おれもついていこうか?」


 猛が言ったけど、僕はベロをだしてやった。


「必要ないですよーだ」


 先日の井上さんの件で、まだすねているのだ。

 猛は悲しそう……だが、くっ。ここで情にほだされてはいけない。

 兄ちゃんのは、どうせ口先だけだ。ほんとに悪いとは思ってないんだ。

 荷物持ちの猛がいないのは、ほんとは不便なんだけど……。


 しょうがないので、荷物は最小限に。


 今日は蘭さんのお父さんは来ないが、かわりに東京から赤城さんがやってくる。

 それに、蘭さんの友だちの奥瀬さん。川西さん。


 人数が多いから、手巻き寿司パーティーだ。

 あとは大量の天ぷらと唐揚げ。サラダ。枝豆くらい、つけとけばいいか。

 ケーキは奥瀬さんが買ってきてくれるっていうし。


 パーティーは、これといって事件はなかった。少なくとも、このときには、そう思っていた。


 七時に奥瀬さんや赤城さんが来た。赤城さんのハイテンションだけでも、ちょっと、うっとうしい。

 と思ってたら、なぜか、川西さんが真島さんまでつれてきた。


「さっき、表で、ぐうぜん、会っちゃって……」


 そうか。猛の高校のクラスメートだもんね。とうぜん、真島さんとも知りあいか。


「東堂んち行く言うから、ついてきた」


 そういう真島さんの視線は、蘭さん一直線。さては、蘭さん目当てか。

 でも、残念でした。今日の蘭さんは部屋着だし、ノーメイク。

 いくら鈍な真島さんでも、真相に気づくだろう。


 ところがだ。蘭さんを見て、真島さんは顔を赤くした。


 ウソだろ? いくら蘭さんでも、すっぴんは男に見えるよ。

 思いこみって、怖いなあ。


「あれ? 髪、切ったんですね」


 照れてる真島さんを見て、蘭さんは、くすくす笑いだした。

 あ、蘭さんのドSスイッチ、入った。


「あのな、真島——」


 言いかける猛を、蘭さんは、さえぎり、

「ちょっと軽くしてみました。似合いませんか?」


 これは本人が気づくまで放置プレイだな。


「似合います! ロングもよかったけど、ショートもボーイッシュで、すごく、いいですよ」


 ボーイッシュっていうか、なんていうか……。


「そう? ありがと」

 にっこり、ほほえむ蘭さんは、かんぺきに小悪魔。


 真島さんは、猛の肩にかかった蘭さんの指を気にしている。

「前から聞こう思ってたんやけど、蘭さん、猛とつきあってるんですか?」


 あはは。猛の顔つきが、おもしろいことに。


「おれは、その気はないよ。いくら蘭がキレイだからって……」


 そりゃそうだ。男じゃね。


「そうなんだ。ざんねん。僕、猛さんなら、つきあってもいいのに。キスくらいしてもいいよ?」


 蘭さんは猛の腕に両手をからめて、しなだれかかる。悪ノリしてるなぁ。蘭さんが言うと本気に聞こえるから怖い。


「だから、やめろって。蘭。おまえ、それ、悪いクセだぞ」

「だって、甘えたいんですよ。ねえ、いいでしょ?」


 あーあ。見てらんない。ふざけてるだけなのは、わかってるんだけどさ。

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