三章 呪われるバースデー 1—3
*
十二月十五日(土)
今日は僕の二十六回めの誕生日。
みんなで集まって祝ってもらうはずだった。こんな日に、こんな悲しいことを書かなければならないなんて、ウソのようだ。
パパが死んだ。
暴漢から僕をかばって刺されたのだ。
二人で映画を見て、ランチを食べて、買い物して、マンションへ帰る途中。
こんなことは夢であってほしい。
僕がどんなに世間から非難をあびても、こんな姿に変わりはてても、ずっと愛してくれたパパ。
僕はもう、どうしていいか、わからない。
*
日記は、そこで終わっている。
もう書く気力がないとでもいうように、翌日十六日は白紙のままだ。
これを読んだ蘭さんの顔は蒼白になった。
「これ……僕の父を殺すって意味ですよね」
こんなとき、猛は安易な気休めは言わない。
「……そうなるな」
ついに、標的が蘭さんの身内になってしまった。
「残念だか、蘭。今週のデートは中止だ。八波が殺人も辞さないサイコ野郎だとわかった以上、へたに挑発にのるわけにはいかない」
「もちろんです。でも、それだけで防げるかな……」
「この日は一日、オヤジさんの護衛についてやるよ。そのかわり、おまえはマンションから一歩も出るな」
「そうですね。あっちは静脈認証だから、なかにいるかぎりは安全だし……」
それにしてもと、蘭さんは首をかしげる。
「八波は変なこと知ってますね。なんで、僕が父をパパって呼ぶこと、知ってたんでしょう。自分で言うのも、あれだけど、僕っぽくない呼びかたでしょ?」
三村くんがゲラゲラ笑う。
「おまえが言うと、別のパパみたいやで」
たしかに。パパ、マンション買って、とか言いそう。
「以前は、お父さん、お母さんだったんですけどね。僕、高校のとき、一人で上京したでしょう? 向こうで久しぶりに会ったとき、てれくさくて、ふざけてパパって呼んでたんです。それがクセになっちゃって」
「それよりさあ、もっとおかしいのは、十五日に蘭さんが、お父さんと会うこと、なんで八波は知ってたんだろう? みんなでパーティーすることとか」
僕が首をひねると、猛はイヤな目つきをして笑った。僕をからかうときの目だ。
「瞬間移動に未来予知ときたら、テレパシーってやつかもな。あんがい、八波は霊だったりして」
やめてェッ! 霊はこの世で一番、キライ。
あれ? でも、もしかして、この世じゃないのか? あの世の産物だもんな。
「からかうなよォ! 僕を怖がらせようとして。そんなこと、ありえるわけないだろ」
「そうだよ。ありえないマジックだ。ということは、そこにマジックのタネがある」
猛は急に真顔になった。
「先週の金曜、赤城さんや馬淵さんたちと、『洛遊』に集まっただろ。あのときだ。蘭、おまえ、みんなの前で話してたぜ。『来週は僕の誕生日なんです。それで、猛さんたちがお祝いしてくれるって。午前中はパパとデートだし』って。ちょっと酔ってたから声もデカかった。廊下を歩いてたら、聞きとれたんじゃないか? 店員とか」
ぎっくん。店員ですと?
「そう言えば、そんなこと、しゃべったような。となると、井上さんですか」と、蘭さん。
やっぱりか……。
「昨日も今日も殺されたのは、蘭の中二のときのクラスメート。あの子は怪しいよ」
猛ゥ。よくも言ったな。
僕は井上さんのために、声を大にして反論した。
「井上さんは、そんな人じゃないよ! 猛は見てなかったから、わからないだろうけど。あの人、うちに来たとき、本気で泣いてたんだからね。絶対、殺人に加担するような人じゃない!」
「でも、自分がイジメられるのが怖くて、親友をいじめたんだろ? 協力しなければ殺すとおどされたら、きっと、やるよ」
僕は頭がい骨のなかで角棒ふりまわされたようなショックをうけた。
怖かったから、おどされるままにイジメた。
そのことをあんなに悔やんでる人が、脅迫されたからって、また同じ、あやまちを犯すだろうか。
そんなこと……あるはずない。
「猛のバカあッ!」
僕は居間をとびだした。
逃げこむさきはキッチン。
くやし涙をながしながらも、洗い物してしまう自分が、なさけない。
(絶対、ちがう。僕は井上さんを信じる!)
僕を追ってきてくれたのは、ミャーコだ。
『ニャーン。薫ちゃん、元気だして』と言ってるように聞こえた。
「僕の味方はミャーコだけか。ほら、カニカマやろう」
僕がすねてるってのに、三人は誰も、なぐさめに来てくれなかった。
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