三章 呪われるバースデー 1—2


「ああ。おぼえがあるな」と、猛も言う。

「おれと蘭が店を出るときには、まだ中にいたよな。蘭と桜井さんの、となりのテーブルにいた客だ」


 そうそう。そうなんだよね。


 じっと写真を見つめていた蘭さんは、ため息をついた。

「須永さんじゃないかな。化粧してて、ちょっと感じが違うけど」

「須永ですか? 下の名前は?」

 栗林さんに問われて、蘭さんは肩をすくめる。

「そこまで、おぼえがない。中学のときのクラスメートです」


 やはり今回も殺されたのは、蘭さんの元クラスメート。

 おかげで、そのあと、警察につれられていくハメになった。

 昨日は東山署。今日は西陣署。

 京都警察署めぐりの旅だ。

 そのうち、制覇しちゃったりして……。

 なんでこう、連日、警察のお世話にならなきゃいけないんだか。


 まあ、今回、僕らには完ぺきなアリバイがあった。

 しぶしぶ、帰してもらえたのは夕方。


「また昼食ぬきだったね」

「疲れました」

「今日はインスタントの買い置きが……」

「今日こそ出前にしましょうよ。僕が銀の皿、おごりますから」

「ほんとっ? 銀の皿? わーい。じゃあ、僕、朝の残りのミソ汁あっためるね」


 蘭さんが特上握りの大皿を二つも取ってくれたんで、僕は疲れが、いっぺんにふきとんだ。


 ミャーコもお魚、大喜び。


「猛ぅ! ミャーコにネタだけ食べさせるの、やめてェ。誰が食うんだよ。このワサビ飯」

「かーくん、寿司、好きだろ?」

「具がのってればね。そこにあるワサビ飯が全部なくなるまで、猛、新しいの食べちゃダメだからね」

「わかった。わかった。責任とって、ちゃんと食うよ」

「ほんと、猛はミャーコに甘いんだから」

「今度からは、ミャーコ用に、もう一皿、とりましょうよ」と、蘭さん。


『みゃーん。だから、蘭さん好きィ』と、ミャーコは言ったらしかった。


 その場合、誰が、ひと皿ぶんのワサビ飯を食べるんだろう……。


 ともかく、僕は満足した。


「ああ、満腹。幸せ。じゃ、お風呂わかそうか」

「僕、ためてきますよ」

「じゃあ、僕、洗濯物、とりこんどこうかな。そういえば、まだ郵便物も見てないし」


 来ない依頼とはいえ、チェックだけは、おこたらないようにしないと。

 のんきにテレビを見てる兄を横目に、僕は玄関へ歩いていった。

 僕が電話の前を通りすぎようとした瞬間だ。その電話が鳴った。僕は、とびあがってしまった。


「ああ、ビックリ!」


 ドキドキしながら出ると、

「八波です」


 なんとなく、そんな気がした。


「僕にナイショで桜井さんに会ったでしょ? でも、僕は知ってるんです。そろそろ信じてもらえませんか? 僕は本当に、もう一つの世界から来た、九重蘭なんですよ」


 だまってると、八波は続けた。

「それでですね。今度こそ信じてもらえるように、また日記を届けさせてもらいました。ちゃんと、たしかめておいてください。では、おやすみなさい」


 一方的に切れた。

 僕は受話器をにぎりしめて、猛を呼んだ。

「猛! 猛! 八波が——」


 そくざに猛は、かけつけてきた。

 ふだんは、だらしなくても、いいよ。いざってとき、頼れる兄だから。


「どうした?」


 僕の説明をきいて、猛は外へ走っていった。

 いつかと同じように、封筒を手に、もどってくる。


 東堂様と書かれた茶封筒。

 なかみは以前と同じ、日記から切りとられたページ。


 僕は猛と居間に帰り、蘭さん、三村くんとともに、それをかこんだ。

 今度は僕らの指紋をつけないよう、ゴム手袋をした猛が、コタツの上に紙片をおく。


 それは、次の土曜と日曜の日記だ。

 日付けを見ただけで、僕はイヤな予感がした。


 今度の土曜、十二月十五日は、蘭さんの誕生日だ。

 それに、蘭さんのいつものデートの日でもある。デートと言っても、相手は蘭さんのお父さん。

 蘭さんの実家は京都市内。

 なので、いつでも家族と会えるようになった蘭さんは、気軽にお父さんと週末デートを楽しんでる。


 今週末は蘭さんがお父さんと会って帰ってきたあと、夕方からパーティーをしようと計画していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る