三章 呪われるバースデー 1—1

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 なんとなく、桜井さんは気落ちして帰っていった。


 なんか悪いこと言っちゃったかなあ。だけど、言わずにはいられなかったんだよねえ。

 沙姫さんのために苦しみ続ける姿が、僕のいなくなったあとの猛をほうふつとさせて。


 ほんとは、できるだけ桜井さんを足止めしておけと、わけのわからない指令を蘭さんから受けてたんだけど。

 そんなの、僕にはムリだよ。

 僕に人をだます才能なんかないって、わかってるはずなのに。


 僕は涙ぐんでる三村くん(さては聞かれてたか)と二人で洋食店を出た。


 通りには、もう桜井さんの姿は見えなかった。

 店の前で、みょうにウロウロしてる女の人がいるだけだ。もしかして、さっき店内で、となりのテーブルにいた人かな?


「この服、はずかしいなあ。せめて、カツラ、はずしたいんだけど。入れとくものがないしなあ」

「はずかしいって、なんや。人が、おまえのセリフに感動しとるっちゅうのに」

「猛たち、どこ行ったのかな?」

「このへんで待っとれ言うとったで」

「ふうん。このへんでって言われても、寒いんだけど」


 こんなことなら、店内で待ってればよかった。

 僕の食べかけのオムライスは、猛に盗み食いされてたし。


 しかし、さほど待つことなく、猛と蘭さんは帰ってきた。

 蘭さんは僕と入れかわったので、いつもの完全顔防備。


 二人は僕を見るなり、ふきだした。


「似あわないなあ。かーくん。コントみたいになってるぞ」

「あらためて見ると、たしかにですね」


 みんなして、僕をバカにして。


「じゃあ、もう帰ろうよ。用、すんだろ?」

「そうですね。僕の勘違いだったみたいだし」


 蘭さん。何が勘違いだったのか……。


「ここまで来たんやし、天満宮くらい、行ってもええんちゃうか? おまえら京都もんとちごて、ここまで来んのに、ひと手間かかるしな」


「今、受験生、多いと思うけどね。まあ、ついでだから、よってこうか」


 僕らは北野天満宮へと向かった。

 石の鳥居をくぐり、境内へ入る。

 入口付近に駐車場があるんだけど、客待ちのタクシーとか、観光ツアーのバスとか、人の出入りが多い。

 その人々の注視をものすごく、あびてる気がするなあ。


 それも、いたしかたないか。

 僕はコントだし、蘭さんは不審者だし、猛は超イケメンだし、三村くんはボヘミアン。

 あまりにも、はずかしい。


 僕は猛のかげ(人間電信柱!)で、カツラをはずした。

 これで一人は一般ピープルだ。


 僕らは受験生にまじって参拝した。

 賽銭を百円も、はずんで知恵の神様に、お願いする。

 何をって、そりゃ、もっと頭よくなって、兄ちゃんみたいなカッコイイ探偵になれますようにって。


 二千本の梅の木がある梅苑は季節はずれだ。ざんねん。


「宝物殿、見ようや」

 三村くんは言うが、

「宝物殿は拝観料かかる。僕と兄ちゃんはいいよ」

「そうだなあ。おれ、腹へったよ」と、猛。

「僕のオムライス、半分、食ったくせに」

「オムライスなんか前菜だよ。さっきの洋食店で、もう一回、ちゃんと食いなおそうぜ」

「じつは僕も、さっきは桜井さんの前で、ほとんど口をつけてないんですよね。行きますか」


 蘭さんも言う。


「ほな、おれ一人で見てくるわ」


 三村くんはカツカレー完食してるもんね。


 相談の結果、僕らは三村くんを境内に残し、三人で鳥居のところまで戻った。


「あれ? なんか、さわがしくない?」


 西今出川通に出たとたん、あきらかに行きとは違う、ものものしいフンイキ。やたらと警察官が多いし、駐車場にパトカーも、とまってる。


 立ちどまって僕らが見ていると——


「この人やわ! 刑事さん、さっき話したん、この人!」


 警官と話していた女の人が、こっちを指さして、さけんだ。その指は蘭さんに向けられていた。

 またたくまに、僕らは刑事さんに囲まれる。そのなかに、知った顔があった。


「あ、栗林さん。こんにちは」


 僕らを見た栗林さんは、あの四角いものを吐きだせないフレンチブルの表情になった。


「また……君たちか」

「またって、もしかして、また人が?」

「とにかく事情聴取をさせてください」


 僕らは野次馬から離れた、駐車場のかたすみに、つれていかれた。

 まだ現場検証のまっさいちゅうのようだ。

 テレビでよく見る鑑札の人たちが、駐車場わきの植木のあいだを出入りしている。


 あらためて、猛がたずねた。

「誰か、殺されたんですか?」

「そうです。まだ身許は判明していません。二十代の女性。それでですね。さっきの人が、このあたりをうろついていた不審者を見たと言ってるんです」


 僕らは顔を見あわせる。

 その不審者が誰なのか、僕らには、わかってる。

 まちがいなく、八波だ。


「やっぱり、来たんですね。八波」

 蘭さんが、つぶやく。


 すると、さっきの目撃者が、また蘭さんを指さして、けたたましく、さえずる。

「あんたやないの。一時間も前から、ずっと、うろついとった。変やと思うたんよ」

 どうやら近所のおばさんらしい。

 きっと、ヒマをもてあましてるんだな。


「ちょっと待ってください」と、猛がおばさんを尋問し始めた。

「これと同じコートに帽子、メガネ、マスクの男だったんですね?」

「せやから、この人のことやないの」

「一時間前とおっしゃいましたが、正確には、何時ですか?」

「さあ。おぼえてへんけど、昼すぎやったと思うえ。最初は近所の洋食屋さんの前、ウロチョロしとったやない」


 けっこう親切に話してくれる。

 というか、おしゃべり好きなんだな。


 栗林さんが制止した。

「お話を聞きたいのは警察なんです。こまりますよ」


 警官に頼んで、おばさんを遠くへつれていかせた。


 うーん、洋食店の前ってことは、八波のやつ、岡崎公園から、僕らのあと、つけてきたんだな——と考えて、僕はハッとした。


 違う! 昼すぎなら、そのころ僕と猛は、まだ公園のなかだ。


(えっ? どういうこと? じゃあ、岡崎公園にあらわれた八波は、誰なんだ?)


 同じ時間、ことなる場所に、二人の八波。

 まさか、また瞬間移動したっていうんだろうか?

 それとも、分身の術か?


 ぼうぜんとする僕をよそに、猛が栗林さんを言いくるめる。


「栗林さん。ザンネンだけど、今回も、その不審者は蘭じゃありません。八波ですね。今回、蘭には完ぺきなアリバイがありますから。朝から、おれたちのうち少なくとも誰か一人が、かならず、蘭といっしょにいた。昼すぎなら、その洋食店のなかで、蘭は桜井さんに会ってる最中だしね」

「桜井さん。昨日の桜井駿矢さんか」

「昨日は事件のせいで、きちんと話ができなかった。あらためて今日、会う約束をしたんです。だいたい、昼すぎなら、蘭は今と違う服装してたし」

「くわしく聞かせてください」


 というわけで、状況を説明。

 僕らは、やっと解放……のとこなんだけど、僕は誰が殺されてるのか気になった。

 八波のしわざなら、蘭さんに無関係であるはずがない。


「被害者の人、もう運ばれていきましたか?」

 聞いてみる。


「興味があるんですか?」

「もしかしたら、知ってる人かなあって」


 栗林さんも、そこは僕と同じ考えらしかった。だまって、現場写真をさしだす。

「あっ、この人! さっき三村くんと店、出たとき、外でウロウロしてた人だ」

「ほんまですか?」

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