二章 擬態する殺人 3—2


 僕から見えるのは背中なんだけど。

 その背中をおおう、ドハデなドラゴンの刺しゅう。よく見たら、三村くんのスタジャンだ。

 そして、茶髪のウィッグ。

 たしかに、いつもと違うスタイルだ。上品な蘭さんらしくない。


 入口に近いカウンター席に、三村くんがいた。放浪中のチンピラみたいな三村くんの両どなりは空席だ。ラッキー。僕と猛は、そこにすわった。


「あっ、おま——って……かーくんかいな。マスクとりーや」

「そっか。もう、とっていいんだ」


 僕はマスクをとって、おいしいと評判のオムライスを注文した。

 どうしたことか、食いしん坊の猛はコーヒーだけ。いつもなら、ポークソテーセットとか行くはずなんだけどな。


「どんな感じなの? 会談」

「険悪そのもんやな」


 小声でたずねると、小声で返ってくる。


「まあ、あのカッコで来たら、ふざけてると思うよね」

「おまえ、おれにケンカ売ってんのか?」

「あ、ごめん。持ちぬしだった」

「……まあ、それもあんねんけどな。顔あわすなり、蘭のやつ、とんでもないこと言いよった。『ほんとは今でも、僕のほうが謝らなければならない理由は、これっぽっちもないと思ってるんですけどね』——と、こうやで」


 はあッ? また始まったよ。

 蘭さんって、ときどき暴走するよね。なんで、そんなに攻撃的になれるのか……。


 なるほど。オムライスを食べるあいだ、奥から言いあらそう声が聞こえてきた。ハデに、ののしるんじゃなく、冷たく応酬する感じだ。


「僕に沙姫をキライにさせたのは、あなたがたですよ。僕は沙姫との追憶を大切にしまっておきたかったのに。ずけずけと二人の思い出に入りこんできて、何月何日、どこでどうした、あそこでああしたーー人前で、ばくろさせたのは、あなたたちだ」


「ようそんなこと言えるな。沙姫を殺したんは、君なんやぞ。日記、読んだやろ?」


「読みましたよ。イジメのことなんて、ひとことも書いてなかった。最後の日の前日まで、沙姫は僕のことしか考えてなかった。僕とつきあった三ヶ月、沙姫の世界には、僕と沙姫しか存在してなかったんだ。

 あなたたちは、それが悔しかっただけなんじゃないですか? 妹をとられたとでも思った? とんだシスターコンプレックスですね」


 とつぜん、桜井さんがテーブルを両手で叩いた。


「沙姫は知ってたんだ! いつか君の心が離れていくことを。だから、あんなことしたんやろ? おまえが沙姫を殺したんだ!」

「僕が憎いなら、殺せばいい。あなたに、その度胸があるならね」


 ら……蘭さーん……。


 蘭さんは席を立って、奥のお手洗いに入っていった。


 桜井さんは、くずれるように、うなだれ、頭をかかえる。

 自分を抑えようとしてるんだろうか。まさか、泣いてないよね?


「薫。蘭と話してこい」


 猛が言うので、僕は桜井さんの前を通りすぎ、トイレに入った。

 そのとたんだ。

 いきなり、誰かに手をつかまれた。

 僕は息をのんで、凍りついた。

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