二章 擬態する殺人 3—1


 3



 翌朝、またタクシーを使って、僕らは出かけるハメになった。


 ほんと、このごろ、出費がかさむなあ。


「ねえ、なんで僕が、蘭さんのふりして出かけなきゃいけないの?」

「それは、かーくんが一番、僕に体格が近いからです」


 まあ、そうなんだけど、答えになってない。


 僕は蘭さんのコートを着せられ、蘭さんの帽子に蘭さんのメガネ。

 そのうえ、マスクをつけさせられた。これで、僕も一人前の不審者だ。


「だって、こんなことしたって、桜井さんが見たら、一発でバレるよ」

「だいじょうぶ。だいじょうぶ。だまって立ってるぶんにはわかりません」

「ずっと、だまってるわけにはいかないよ」

「ですからね。かーくんには、お願いがあるんです。これから、僕のふりして出ていってもらいます。そしたら、八波があらわれたとき、この家から尾行してきたのか、それとも現地に、ちょくせつ来たのか、はっきりするでしょ?」


 つまり、こういうことだ。


 もし、八波が僕らの動向を毎日、見張っているとしたら、蘭さんの変装した僕が、護衛係の猛をつれて出ていけば、かならず追ってくる。

 桜井さんの約束の場所とは無関係の岡崎公園にひっぱりだし、ふんじばる、と。


「でも、それだと、蘭さんの身の守りが……」

「三村さんには、ついてきてもらいますよ」

「おれたちも、あとで追いかけるよ」と、猛。


「うーん、勘違いしてくれるかなあ。いくら身長が同じくらいだからって、僕と蘭さんでは、ふんいきが、ぜんぜん違うし」

「そこは演技力でカバーしてください」

「演技力ったって……」


 そんな難しいこと言わないでほしい。蘭さんになりきれる人なんて、そうそういないよ。あ、八波がいたか。


「じゃ、僕は、いつもと違うスタイルで出ますから、よろしくお願いしますね」


 蘭さんたちと別れて、僕は猛と二人、外に出た。

 家の前には電話で呼んだタクシーが、すでに来ていた。


 乗るときに見たけど、だれも見張ってる感じは……あった!


 五条通から、うちの前の細い通りに入るあたり。電柱のかげから、こっちを見ている男がいる。


 あっ……あやしい。

 遠いし、向こうもマスクにメガネだから、顔はわからない。けど、これはもう八波なんだろうな。


「やだなあ。ほんとに、いたよ」

「じゃあ、運転手さん。岡崎公園に行ってください」


 タクシーが走りだすのを、電柱男は、じっと見送っていた。

 追っかけてくるんだろうか?


 自宅から岡崎公園は北東。

 桜井さんが指定した洋食店は、北野天満宮の近くだから北西。

 ぜんぜん、別方向。


 北野天満宮は大学受験のとき、一回だけ行った。

 けど、岡崎公園には子どものころ、何度も行ったことがある。

 美術館や図書館が集まる文化区域。平安神宮も近い

 僕らが、つれていってもらったのは、市の動物園だ。ウサギとふれあうのが楽しかったなあ。

 猛は静電気くらわせて、ヤギにけられてたけど。


 さて、なつかしの岡崎公園にやってきた。


 なぜ、ここをえらんだかというと、道が広く、敷地も平坦なので、見晴らしがいいからだ。

 つけてくるやつがいたら、遠くからでも、すぐ目につく。


「どうすんの?」

「そのへんにすわって、のんびりしてよう」

「追ってくるかどうかだよねえ」


 僕らはヒマをもてあました老夫婦みたいに、木かげに、すわりこんだ。芝生の上で、ぼうっとしてると、なんか眠くなる。


「ねえ、猛」

「ああ?」


「二人きりって、ひさしぶりだね」


 蘭さんが来てから、いつも誰かが、しゃべってて、合宿みたいで楽しい。


 今なら、もし僕が運命に負けて逝ってしまっても、ちょっとは猛も気がまぎれるかな。


 そういうふうに考えるの、いけないと思うけど、やっぱり僕は、猛より僕のほうが、さきに逝くような気がするんだよねえ。


 長生きした、じいちゃんとも、似てるのは猛だし。


(友だちなら家族じゃない。僕らの運命に、まきこまれることもないしね。蘭さんや三村くんが、ずっと猛のそばにいてくれれば)


 僕がマジメに感がいに、ふけってたっていうのに、猛は何を勘違いしやがったか。

 いきなり、抱きついてきた。


「かーくん! おれを蘭にとられたとか思ってたのか? 兄ちゃんが一等、好きなのは、かーくんだぞ。もう大好きすぎて、食べてしまいたいくらいだ」

「こらこらこら、なにしてんの。ほっぺチューはよせって。いつも言ってるだろ。バカ。人が変な目で見るよ!」


 でなくても、僕は今、変質者まがい(完全顔防備)の変装してるってのに。


 ヒソヒソ言いながら、こっちを見てる婦人集団の目が痛い。

 絶対、ゲイのカップルだと思われた。


 と、そのときだ。

 猛は急に僕を押したおすのをやめて、すっくと立ちあがった。


「ここで待ってろよ」

「ええ?」


 猛は木かげに入って、いったん姿を消した。そのまま、どこかへ行ってしまう。なんか、今の状態で去られると、ゲイの恋人に、ふられたみたい。それはそれで、イヤだなあ……。


 僕が、ぽつんと一人、芝生にすわってると、こっちに近づいてくる男がある。

 今日はカシミアコートじゃなく、ダウンジャケットだけど、マスクをしたあの姿は、さっき家の前にいた電柱男。


 やっぱり、つけてきたのか。

 男は、まっすぐ僕のほうに歩いてくる。


 ひいッ。やだ。こわい。

 なんで、猛、いなくなるんだよォ。


 僕が逃げだそうとしたときだ。

 男の背後の木かげから、猛があらわれた。さッと、とびかかり、得意の大外刈り!


 あッ! でも、なんてことだ。

 電柱男、返し技を使って、きれいに受け身をとると、そのまま逃げだしていく。


 ウソだろ。

 だって、兄ちゃんは、高校のときインターハイにも出たことあるんだぞ。全国三位だった。

 全日本の強化選手になりませんかと誘いがあったほどなんだ。


 猛は自分の技がかわされたのがショックだったのか、電柱男が去っていくのを、だまって、ながめている。


「猛! 大丈夫?」

「え? なにが?」

「何がって、まあ、ケガとか(プライドとか)……」


 猛は笑いだした。


「平気だよ。それより、蘭のとこに行こう」


 なんで急にと思ったが、しかたない。猛が言いだしたら、したがわなければ。僕に選択権なし。


 僕らは市バスに乗って、上七軒でおりた。昔は祇園や先斗町なみに華やかだったという花街。


 蘭さんの話では、ここから少し南下したあたりに、約束の洋食店はあるという。

 初めてにしては、くわしい場所、知ってるなあと思えば、それは蘭さんの元カノ、沙姫さんの家の近所。

 沙姫さんの好きなオムライスを、二人で食べたことがあるんだそうだ。


「ええと、このへんだよね。蘭さんが書いてくれた地図」


 蘭さんがお店の目印にハートマークを書いたのは、無意識だったのだろうか。

 もしかして、沙姫さんと地図のやりとりするとき、ハートで書いたからなんじゃ?


「ここか」


 そこは町家改装の間口のせまいカフェみたいな店構えだ。知らなければ通りすぎてしまいそう。


 格子戸風のガラスとびらをひらくと、なかは奥へ長く続いている。

 昼時なので、席はだいたい、うまっていた。

 一番奥のテーブル席に、桜井さんがいる。その向かいにすわる蘭さんを見て、僕は、あぜんとしてしまった。

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