二章 擬態する殺人 2—2


「ああ、腹へった。かーくん。インスタントでもなんでもいいから、なんか食わしてくれ」


 猛が切実な声をだす。


「冷凍ピザの買い置きがあったなあ。とりあえず、あれでいい?」


「ピザなら出前とりましょうよ」と、蘭さんはゼイタク志向。


「着くまで腹がもたん」

「おれもや。なんか食わしてんか」

「ああ、はいはい。待って。待って」


 僕だって、お腹すいてるのに。

 しょうがない。

 今夜は冷凍ピザとインスタントラーメンという、栄養バランスなんか、これっぽっちも考えてないメニューになった。


「薫。冷や飯、のこってたよな?」

「残ってるけど……どうする気?」

「ラーメンの汁に——」

「猛! いくらなんでも、炭水化物、とりすぎだと思うよ。太っちゃうからね」

「今日だけだよ、たのむ」

「僕はカッコイイ兄ちゃんが好きなんだよ。それでなくても、ふだん、うちでゴロゴロしてるのに。このうえ、トドみたいになったら、どうするんだよ。そんな猛、僕は見たくない!」

「な……泣くなよ。かーくん。可愛いやつだなあ」


 といった会話で、食卓はなごんでいた。

 殺人事件、初めてじゃないしねえ。こんなことで、なれっこになるのも、どうかと思うけど。


「にしても、八波のやつ、何がしたかったんやろな。蘭を犯人にしたかったんか? 自分の罪、蘭に着せるためか?」

 三村くんが首をかしげる。


「三村さんの説は、八波が『もう一人の僕』だなんて言いだしたことじたい、僕をおとしいれるためのトリックだってことですよね?」


 ダンヒルのスーツでマルちゃん生麺をすする蘭さん……変だなあ。

 ラーメンなのに、マルちゃんなのに、なんで、こんなに色っぽいんだろう?


「でも、それなら、わざわざ、僕たちの前に名乗りでますか? そんなことしなければ、八波なんて男の存在、誰にも知られてないですよ。警察にも。正雲に来るときも、いったん違う服装で来て、なかで僕の変装をしてから出ておけば、よかったんです。そしたら今ごろ、僕は重要参考人として留置されてましたね」


「蘭の言うとおりだな」


 猛も、うなずく。


「だいたい、八波には、蘭のアリバイをなくす手段は、まあ、なかったはずなんだ。桜井さんに電話かかってきたのは、ぐうぜんだろ? そうじゃなきゃ、蘭は、ずっと桜井さんといたわけだし」


 猛のことばを聞いて、蘭さんは考えこむ。なんでか、猛も考えこむ。

 なんなんだ。この二人。


「なんだよー。気づいてることあるなら、言ってくれればいいじゃんか」

「え? いえ、僕はたいしたことじゃないです、猛さんは?」

「うん。まあ、決定打じゃないから」


 おかしい。ぜったい、二人、なんか感づいてる。

 教えてくれてもいいのに。


 猛は言った。

「今の段階で言えるのは、これだけだな。なんで、八波が、蘭が正雲に行くことを知ってたか。知ってなきゃ、蘭が来る前に、さきまわりして待ってることはできない」


 ああ、そうだよね。


「今日、あそこに行くことは、蘭さん本人でさえ知らなかった。まったく予定外の行動のはずだよね」


 まさか、ほんとに未来から来たから、このさき起こることを知ってるとか?


 考えて、僕は薄気味悪くなった。

 瞬間移動といい、未来予知といい、どうも妙なことが続く。


 僕は頭をふって、冷静に考えなおしてみた。そんなSFみたいなこと、現実に起こるわけないんだから。

 じゃあ、おまえのアニキはなんなんだと言われると、こまるけどね。念写はなんとなく人間の潜在能力っぽい感じがする。

 けど、パラレルスリップまで行くと、個人の能力をこえてる。


「けっきょく、あの日記、結果的には、ほんとのことになってしまったわけだよね? 蘭さんが犯人あつかいされて……もしかして、それが八波の目的だったんじゃない?」


 僕が言うと、みんな、だまりこんだ。


「あ、ごめん。サイコすぎた?」

「日記じたいをホンモノにするために、殺人まで犯したっていうのか?」

「いやあ、そこまで病んでる人だったら、コワイなあと」

「せやけど、被害者が蘭の知り合いは、できすぎちゃうか? ぐうぜんとは思えんで」


 それで、僕は思いだした。

「あ、そうそう。それなんだけど、あの被害者の女の人、たぶん、八波に呼びだされて、来てたんだと思う」


 僕は茶屋で、あの人を見かけたときの話をした。


「きっと、蘭さんの名前で呼びだされたんだ。熱狂的なファンだったっていうなら、今でも、蘭さんが呼べば、よろこんで会いにきたんじゃないかな?」

「それは、いなめませんね」


 蘭さんはレンゲですくったトンコツスープで、麗しい赤いくちびるをぬらす。だから、なんでエロく見えるんでしょうか……。


「タンクロ——失礼。山崎さんは、毎週日曜、僕のあとをつけてくるくらい、熱心なファンでしたから。たぶん、僕と沙姫のこと、クラスのみんなにバラしたのは、あの人じゃないかな」


 毎週つけてって……それ、りっぱなストーカーだ。


「山崎が蘭の昔の知り合いだってことを、八波は知ってたってことだな」


 猛が言うと、蘭さんは、また妙に、ふくんだ目つきで、だまりこむ。

 うつむいて、自分のドンブリを見つめた蘭さんは、そのなかのキャベツの芯に気づいた。猛のドンブリのなかに、ハシでつまんで入れる。

 猛がまた、よろこんで食べるぅ。


「僕は何度もニュースざたになって、個人情報が、けっこうネット上に流出しちゃってますからね。ちょっと調べれば、クラスメートの名前くらい、わかるかもしれません。でも、僕が正雲に行くことを事前に知ることができる人は、かぎられてる」と言って、蘭さんは、ため息をついた。


「このまま、ほっとくと、八波は今日みたいなこと、何度も、くりかえすんじゃないでしょうか? 僕たちが……僕が、彼を『もう一人の僕』だと認めるまで」


 えっ? それは考えてなかった。


「無関係な人が殺されていくのも、いい気分ではないですが……もしもですよ? もしも、それが、だんだん親しい人に移行してくるようなら……」


 うっ。僕や猛も対象に入るってことか。


 蘭さんは決心したように言った。

「僕、もう一度、桜井さんに会ってみますよ」

「なんで?」


 蘭さんは意味ありげに微笑する。

「今のところ、完全に後手にまわってるから、ちょっとは、こっちも仕掛けないとね」


 ふうん?

 なんだかわからないが、蘭さんは、やる気だ。

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