Orange Dante

エリー.ファー

Orange Dante

 身長百八十五センチ。

 手足が長く、肩幅はそこまでないので、余計に身長が高く見える。

 七三分けをしていて、凡そ多くの人が似合わないであろう髪型を平然とセットしてきて、しかも似合っている。

 いつも物静かで、微笑むことすらせず無表情で時間を過ごす。

 教室の隅で本を読み、時たまクラスメイトと談笑。

 部活はしていないのでいつも素早く、そして静かに帰る。

 悪い噂話はない。

 人の悪口も言わない。

 そんな人間が教室にいる。

 同じクラスメイトとして存在している。

 里中さん、という。

 イケメンというよりはハンサムで、

 里中さんの性別は女性だ。

 里中さんは女子高生だ。

 基本的に女子が群がっていて、土日は何をしているんですか。趣味は何ですか。一緒にお昼を食べませんか。勉強を教えてくれませんか。これを受け取ってくれませんか。

 そう話かけられている。

 里中さんはそんな言葉にも表情一つ崩さず、いつも静かに、そして淡々と対応する。決して面倒臭がることなく、決して億劫になることもなく、決して表情に出すこともない。

 里中さんはイギリス生まれだという。その上、趣味は乗馬とビリヤードだという。こんな田舎町でそんな趣味を持っている訳もないが。

 里中さんだったらありえると思う。

 女子から恋愛対象として、もしくは尊敬されている。男子からは近寄りがたい存在として見られている。

 高嶺の花とかではない。ただ、人として高嶺なだけである。

 そんな里中さんに、昨日の放課後告白された。

 僕が告白された。

 好きだ、そう言われた。

 僕も大好きで、舞い上がったのだと思う。

 ごめんなさい。

 と最初に口走った。

 そうじゃない。

 そういうことじゃない。

 その言葉の意味は、里中さんにそんなことを言わせてしまって恐れ多いというような思いが十割を占めていた。

 ただ。

 とっさに出た言葉としていかに最悪だったのかは直ぐに分かった。

 里中さんが、奥歯を食いしばっていたからだ。

 七三分けの毛先が震えていると思うと、里中さんの瞳がみるみる充血していくのが分かった。

 綺麗で大きい手と、細く長い指で口を抑え、鼻を小さく鳴らしていた。

 そのうち、その鼻から漏れ出る息が大きくなると顔が少しずつ俯き始め。

 顔が正面から見えなくなったころには、次から次へと涙が地面へ落ちていくのが見えた。

「あの、里中さん。」

 里中さんはもう片方の手をそのままの体勢で僕に向かって伸ばし、掌で制してくる。

 何度もうなずきながら声を殺していたが、膝を折って体育座りのようになると顔をうつむいたままそこに乗せて。

 声を殺しきれずに、そのまま泣いていた。

 僕は。

 本当に、死のうと思った。

 里中さんは携帯電話を取り出すと自分の登録IDを表示させながら差し出し、そのまま動きを止めた。

 せめて、友達のままでいさせてください。

 お願いします。

 もう、絶対に迷惑をかけません。

 ごめんなさい。

 と、里中さんは言った。

 何度も何度も、ごめんなさい、と言った。

 僕は登録IDを交換して、鼻を何度も鳴らしながら帰っていく里中さんを見送った。

 気が動転していた、と言えば楽なのだが。まさに、それそのものだった。

 その次の日の朝。

 里中さんはいつも通り誰よりも早く学校にやって来ていて、自分の机で洋書を読んでいた。

 僕は二番目だった。

 里中さんは僕を見つけると、いつものような爽やかな笑顔で、おはよう、と言った。

 唇が震えていた。

 ちゃんといつものように挨拶できたかな、と確認しているようにも見えた。

 三番目の生徒が来るまでに時間はたっぷりとあった。

「今日、学校さぼって東京に遊びに行こうよ。」

 僕は初めて女の子をデートに誘った。

 里中さんが洋書を開いたまま僕を見つめる。

「東京は怖い人が多いからね、私は君のボディガードかな。」

「いや、その、そっそういうことじゃ。」

「じゃあなんだよっ。」

 洋書が僕の顔に当たる。

 鼻血が吹き出て、僕はその場に倒れ後頭部を机に強打する。

「こっちが怒らないからって、なんでそういうこと言うんだよっ。」

「いや。」

「おかしいよっ、なんで、そういう感じ出すんだよっ。背が高くてっ、男みたいな女だからって、バカにしたんだろっ、分かってるよっ、そんなのっ。」

「違う、待って、お願い。」

「嫌いだからっ、これでもう嫌いになったからっ。大丈夫だからっ。」

 里中さんが顔を真っ赤にして、涙を流しながら肩で息をしていた。

「里中さんのこと、僕も好きだよ。」

「いいよっ、もうっ憐れみとかで付き合いたいわけじゃないんだっ。」

「大丈夫だよ。僕は本当に里中さんのこと好きだよ。」

「ずるいっ、ずるいっ。」

「本当に好きだから、信じてよ。」

「私がまだ好きだって分かっててっ、そういうこと言ってくるっ。そう言われたら、私、嬉しくなるの分かってて言ってるっ。」

「僕は本当に里中さんのこと大好きなんだ。嘘じゃないんだよ。」

 今日は雨が降るそうだ。

 肩を濡らして帰れるだろう。

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