第2話 仲良くなりましょう

 ぎこちなく私は微笑むと、エディに手を差し出した。

「驚いてしまってごめんなさい、リリーよ。仲良くしましょうね」

 おずおずと差し出されたエディの手を私はぎゅっと握った。

「よろしく……お願いします」

 私がエディに友好的に挨拶をすると父はほっとした表情となった。

「リリー、君が賢い子で安心したよ。そうだ、エディ。娘にはしばらく安静が必要だ。どうか、その間娘の話し相手になってあげてくれないかい?」

「わかりました」

 置いていくの!?

 そして止める間もなく、父は私のところにエディを置いて、メイドに2,3言葉をかけると離れてしまった。



 なぜ、初対面の人物を娘の返答も聞かずに置いていくの! 前世の記憶を思い出して、私の性格って良くないと思っているのに、ついついわがままな自分が出てくる。

 エディも座ればいいのに、ずっと立ったままだったから、仕方なく声をかけた。

「そんなところに突っ立っていないで、エディもパラソルの下に入って」

 私がそう声をかけるとおずおずと私のテーブルにエディは着席したのだけど、何を話していいかわからない。

 エディって、ゲームでは黒を持つ迫害にあったせいで、暗いキャラクターだったし。

 いくらイケメンでも辛気臭くて、私はどちらかというと苦手なタイプだったのよね……

 心の中ではぁ……っと大きなため息をつくと、小さな私が出てきて囁いた。

 でも、仲良くならないと――死刑。

 ため息をついていた私に死刑の文字が突き刺さった。



 ここは、愛想よく。

 私はにこにこと愛想笑いを浮かべて飲み物はどう? など気を遣いだす。



 メイドもエディにジュースを出した後は、子供しかいないためか口元を隠すと、明らかに嫌悪の表情をエディに向けた後、私たちと距離を取った。

 公爵家のメイドだから躾が行き届いているはずなのに、何て失礼な態度なの!

 それに、私が下がっていいと言ってもいないのに、離れてこちらの様子をうかがうなんて趣味が悪いわ。

 メイドもこの態度だから、私がエディを虐めるとなれば、これ幸いと便乗したのかしら。


「あなた何歳?」

「6歳と5か月です」

「そ、そう。じゃぁ、私のほうが1か月だけお姉さんね。私のことはリリーと呼んで頂戴。私もエディって呼ぶわ」

 そんな細かいことまでは聞いたつもりじゃなかったんだけど。

「わかりました」



 それから、好きな食べ物はあるとか、この本は面白いだのたわいもない話題を振ってみる。

 しかし、エディは「好き嫌いはありません」「読んだことがないのでわかりません」と会話をぶった切ってくる。

 どうしよう会話がすぐに終わってしまう。

 いやいや、ここであきらめるわけにはいかない。

 エディと仲良くなれるかで私の今後の未来が変わるのだから。



 それでもあきらめず試行錯誤していると、エディが帽子を取り、黒の瞳でまっすぐと私を見据えてこういった。

「あなたは僕が怖くないの?」

 ぎゅっと帽子を握りしめているエディの手は、公爵家の親戚のお子さんというにはあまりにも荒れていた。



 でも、私を死刑に追い込む可能性のある人物、怖くないというのは嘘になる。

「怖いわ。だけど、私の父が言っていたでしょう。『物事を変えるときは上の人間が動かないといけない』とても難しい言葉だったけれど、とにかく私がエディと仲良くすれば、皆がエディが怖くないとわかる。だから、とにかく仲良くなりましょう。仲良くなれば、怖くなくなるわ」

「うん」



 エディが我が家に養子にやってくるのは、もしかしたら私が王子と婚約をするからだけではなく、差別を無くしていくためだとしたら――回避不能じゃないの!

 とにかく、エディが養子に来ることを回避できない前提で準備しておいたほうがよさそうね。

 いい姉弟になれれば、もし私が冤罪で断罪イベントが行われたとしても死刑ということにはならないはず。

 


 そして、エディのことをメイドが明らかに差別しているのを見たことと、私が前世の記憶を主出したことで、メイドに関心を向けてみると。

 私はメイドからあまり好かれていないことがわかった。

 そりゃそうだとしか言いようがない、はっきりも言うまでもなく、私はわがままで身分が上であることを利用してメイド相手に威張っていた。


 とりあえず、エディが我が家にやってくるまでに、メイドとの関係改善が先と思っている矢先だった。

「それじゃぁ、リリー。今日からエディは君の弟だ。この家のことを教えてやり、貴族としてのマナーも教えてあげなさい」

 と父が実にあっさりとエディを我が家に養子として迎え入れてしまったのだ。

「お父様!!!」

 養子にくるのはまだ先のはず、何かの間違いでは? と抗議しそうになるのを私は飲み込んだ。

「事前に言ってくださればよろしかったのに。歓迎の準備も何もしておりませんし……驚きました」

 私はにへらと笑う。

 だって、父の隣には、私を死刑にする可能性のあるエディがいたんだもの。



「黒を持つものというのは、なかなか難しいだリリー」

 父はそういうと、困ったように笑った。

 そして、父の後ろに待機していたメイドは、父の言う言葉通り、口元を手で多い怪訝な表情でエディの後姿を眺めていた。


 ここまでのものを見ると、エディに何かされたわけではないけれど。

 黒を持つ者への差別を嫌でも感じてしまう。

 エディの心を溶かしたのはヒロインだった。こんな状況でも他者の目を気にせずエディに手を差し伸べたのだ。

 そして、私もヒロインのようにエディに歩み寄らなければいけない。





 自分自身が死なないために。





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