幼少期奮闘編

第1話 全ての始まり


 公爵邸の庭園では、私の7歳の誕生日を祝うガーデンパーティーが開かれていた。

 招待客の対応でメイド達は慌ただしい。

 普段とは違いかゆいところに手が届かない数々に私はイライラしていた。

 お父様にせっかくの誕生日なのにメイドが至らないと言いつけに行こう席を立ったのだけれど……

 流行り始めたばかりの慣れないふんわりとしたドレスに足がもつれ、近くにあったテーブルに頭を強か打った。


 そんなささやかな衝撃をきっかけに、私は前世の記憶を一気に思い出した。

 心配そうに駆け寄る幾人もの使用人たちに囲まれた私は――真っ青だった。

「ありえないでしょ……」

 思わず、前世の頃のように砕けた口調でつぶやいてしまう。

 私が真っ青になったのは、頭を強打し具合が悪いせいじゃない。

 かつての記憶突然を思い出したことで、混乱しているせいでもない。

 前世の記憶を思いだしたことで、やりこんでいた乙女ゲームの登場人物の一人、悪役令嬢リリー・ラローザとしてこれまで生きてきたことに気が付いたからだ。

 


 リリーは公爵家の一人娘。

 腰元まである滑らかな銀の髪、瑠璃色の瞳。

 いつも、ツーンっと気取った態度で高位貴族であることを鼻にかけ、自分よりも立場の低いものを見下すわがままな嫌な奴……

 さっきだってメイドが至らないことを父に言いつけに行こうとしていた。

 今の私は容姿はもちろん、考え方も間違いなく乙女ゲームの悪役令嬢リリー・ラローザそのものであった。



 学園では階級の垣根を越えてとうたっていたが、リリーは平民のヒロインが攻略対象者である高位貴族と仲良くなることが気に入らなかった。

 よせばいいのに自分の婚約者以外の男性とヒロインが親しくなっても、『生意気だわ』とヒロインを虐め学園から追い出そうとする。

 その結果――リリー・ラローザはヒロインが攻略に成功したキャラクターによって、国の保護対象である聖女を害し、学園から追い出そうとした罪で卒業パーティーで断罪される。

 リリーがどのような処罰になるかは、ヒロインが攻略に成功したキャラクターによるけれど、よくて国外追放か幽閉、最悪の場合死刑。



 できるだけ、ヒロインにも攻略対象にも関わらずひっそり行きたいところ。

 しかし、シナリオ的にどう頑張っても、リリーとの接点0など不可能な人物が2人もいた。



 一人目は、1年後リリーの婚約者となるルーク王子。

 聡明で魔力も高く、聖なる剣の主である、金髪碧眼の美丈夫。

 リリーは、ルーク王子に熱を上げていたけれど、二人の間には甘い描写はなかった。

 まぁ、乙女ゲームだから悪役令嬢との甘い描写がないのは仕方ないのだろうけれど。

 ヒロインがルークとのエンディングを迎えれば、国の手厚い保護対象である聖女に対し、王子の婚約者が率先して虐め学園から追い出そうしたことが当然許されるはずもなく――リリーは死刑!



 二人目は、王子と一人娘のリリーが婚約するためラローザ家に養子に入ることになった、同い年の義理の弟エディ。

 乙女ゲームの攻略対象の一人だから当然イケメンではあるが、魔王と同じ黒い髪と瞳をもつ闇魔法の使い手のエディをリリーは毛嫌いして相当虐めた。

 虐めたことが原因なのか不明だけれど、ヒロインがエディとエンディングを迎えれば――リリーは死刑!



 よりによって、どうして知り合うことを避けることができない人物に限って、リリー死刑ルートなのよ!

 他のキャラクターならば、幽閉や国外追放なのに……

 どうして……とがっくりと肩を落とすけれど、避けることができないものはしょうがない。

 とりあえず、王子と婚約さえしなければ、王子の婚約者が聖女を率先して虐めたとはならないし。さらに、エディが我が家に養子に来ることもない。

 よし、王子との婚約をまずはなんとか白紙にするのよ私!



「リリー、体調大丈夫か? 念のため医者を……」

 今後のことをブツブツとつぶやく私に、父が心配そうに顔を覗き込んだ。

「少しぶつけただけなので大丈夫です。医者を呼ぶほどではありません。それに、今日は私の誕生日パーティー。主役の私が退場するわけにはいきま……」

 ここで、変に前世の記憶の話をして変人扱いされてはたまらないと、私は平気そうに装ったのだけれど……父の後ろからおずおずとこちらの様子をうかがう人物をみて固まった。

 帽子を深くかぶっているが、顔が無駄に整っていることは隠しきれない。

 顔が無駄に整っている人物は、乙女ゲームでモブであるはずがない。

「あぁ、彼が気になるんだね。ほら、リリーに挨拶を」

 私の視線の先に気が付いた父が、自分の後ろから出るように言うと、父の後ろからおずおずと、儚いという言葉がふさわしい男の子が現れた。

 挨拶のため深くかぶっていた帽子を取るとぺこりと私に頭を下げた。



 深くかぶることで隠していたのだろうが、帽子の下から現れたのは見事な黒の髪に黒の瞳をもつ、やっぱり無駄に整った顔だった。

 男の子にふさわしい表現ではないけれど、今にも折れてしまいそうな儚さ。

 ゲームでの少しひねた性格で口の悪そうな彼とは……雰囲気が全く違うけれど、顔に面影がある。

「お初にお目にかかります、リリー様。エディと申します。リリー様とは、かなり……と、遠縁になりますが親戚になります」

 挨拶の言葉を覚えてきたのだろう、ちょっとたどたどしいが、礼儀正しく挨拶をされた。

 私まだルーク王子と婚約どころか会ってすらないのに!! どうして先に義弟予定が出てきちゃうのよ!?

 私は心の準備が全然できていなかった。



 普通は前世の記憶を思い出して、これからどうしようって悩む時間があって、それから順番に主要人物が登場してくるものじゃないの?

 セオリー通りに全然いかない。



 私はいきなり現れた攻略対象者を見つめたまま動くことができない。

 固まる私に、エディは慌てて深く帽子をかぶった。

 黒の髪と瞳を有する者は膨大な魔力をもつが、魔王と同じ闇魔法を使えるため、魔王が討伐されて長い年月がたった今でも忌み嫌う人たちがいる、だから私が驚いたと思ってエディは髪を隠したのだと思う。



「リリー、彼の持つ色をみて戸惑う気持ちはわかるよ。しかし、時代は変わらないといけない。私たちの家は公爵家。時代を変えるときは上の人間が率先して動かなければいけない。彼はもうすぐ君の義弟になるんだ。仲良くしてやってくれ」

 父は私と目線を合わせると、やんわりと差別しないようにと私をたしなめた。



 魔王がいなくなって久しい。それでも、未だに黒の色を持つ人間には迫害が続いている。

 瞳と髪両方に黒を持つものなんてそうそういない。それこそおとぎ話に出てくる魔王くらいと小さな子でも知っている。

 それが常識な世界で、エディは片方どころか両方に黒の色を持つ。そんな人物が公爵家が一つラローザを継ぐ。

 父は自分の代でエディを次期後継ぎとして立てることで、根強い迫害を終わらせようとしているのかもしれない。




 ゲームの私であれば、エディに意地悪をしても魔法で反撃してこないことがわかれば、エディを虐めるルートに突入したところだろう。

 でも、結末を知っている私は虐めたりしない。

 ヒロインがエディとのエンディングを迎えたとしても、私は死刑になんかなってたまるもんですか!?


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