悪役令嬢断罪回避失敗!?

四宮あか

プロローグ


 巷によくあふれている小説の悪役令嬢や乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった物語。

 物語の中で悪役令嬢に転生した人たちが辿る道は様々だ。


 だけど、一つだけ共通点がある。

 それは、最悪の結末を回避し、何らかの形で幸せになるということ。


 だから、頭を強か打ったことで、前世の記憶を思い出し、今の自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと気が付いた私も……先人たちのように、前世の記憶や知識を生かしてゲームのクライマックスとは異なる結末を迎えることができると思っていた。


 あの時までは……




◇◆◇◆




 キラキラと美しいシャンデリア。

 磨き上げられた大理石の床。

 ダンスホールへと続く階段は赤いビロードの絨毯が敷かれ、あちこちに生花が飾られており実に華やかである。

 それもそのはず、今日は卒業パーティーだからだ。

 きらびやかな色とりどりのドレスに身を包んだ女子生徒たちで、会場はさらに華やかさを増していた。



 今日が終われば、長かった学園生活もおしまい。

 卒業後は領地に戻るか、様々な場所で能力を生かした職に就くこととなる。

 こんな風に、いろんな領地の生徒とワイワイできるのも今日で最後とあって、パーティー会場では、あちこちで、13歳から6年もの月日を共に過ごした友人との別れを惜しんでいたり。

 気軽に会うことができなくなる憧れの君との最後のダンスに夢を見たり。

 各々、最後の学生生活を楽しんでいた。



 そんな姿を横目で眺めつつ、私こと公爵令嬢リリー・ラローザは自慢の銀の髪はあえてフルアップに結い上げ。

 自分に一番似合う瞳とよく似ている濃い青色のドレス――ではなく、あえて淡い菫色の飾り気のない地味なドレス姿で会場の隅に立ち、最後を惜しむ人々を感慨深い気持ちで眺めていた。

 私のこの装いにメイド達は大反発した。

「せっかくの美しい御髪を結い上げてしまうだなんてもったいない」だの「淡い色をお召しになっては銀髪ではぼんやりとした印象になります」だの。

 特に、ドレスに関してはお抱えの有名なデザイナーが相当ごねた。

「色味と全く合わない、そんな色だと台無しだ。その色をどうしてもお使いになるなら、せめてドレスの形は今流行のもう少し華やかなもので」と言ってきたけれど。

 マーメイドラインだけは断固として拒否した。

 最後の晴れ舞台の日に、こんな仕上がりで主を送り出すなんてという気持ちがわかるほど落胆したようすでメイド達は私を会場に送り出した。



 でも、この装いは仕方ないの。

 だって、本来であれば、学園の卒業パーティーである今日。

 悪役令嬢リリー・ラローザはヒロインが選んだ攻略対象者によって断罪される。



 他の生徒を巻き込み、国の保護対象となる聖女に害をなし、学園から追放を目論み、国に大きな損出をもたらそうとした罪に問われるのだ。

 私に似合う装いだと周り皆が勧めてくる物は、まさに悪役令嬢リリー・ラローザ断罪のゲームクライマックスのスチルで着用していたものなんだもの。

 これまでの生活でもちろん、私はヒロインを一度たりとも虐めることはなかったと胸を張って言える。

 だけれど、同じ会場でクライマックスと全く同じ自慢の月の光を浴びるときらめく美しい下ろされた銀髪に、瑠璃色の瞳に合わせた濃い青のオフショルダーのマーメイドラインのドレスだけは絶対に嫌だった。




 だから、できるだけスチルとは異なるようにしようと、メイドの大反対を無視して自慢の銀髪はフルアップ。

 ドレスの色も淡い菫色の流行色である濃い色とは真逆の地味なものを選んだ。

 ドレスの形も、本当はガラッとかえたかったのだけれど「体系的にふわっとしたものは絶望的にお似合いにならないのでどうか……」という懇願に負け、マーメイドラインから、スレンダーラインへと変更してもらうことで何とか手を打った。





 身分の高い私が最後の卒業パーティー会場の隅にいるのはなぜかというと。

 卒業パーティーの一週間前、私は卒業パーティーの準備途中であるダンスホールに婚約者から呼び出された。

 ダンスホールにいたのは婚約者だけでなく、彼の父である王と攻略対象者の父であるこの国の宰相がそろっていた。

 そこで告げられたのは、断罪式で初めて明かされるヒロイン、エミリアが聖女だと判明したということだった。



 聖女をこの国に縛り付けるために、国の高位の人物とエミリアの婚姻を国として望んでいること。

 そして、エミリアの相手役として私の婚約者であり、次期王位を継ぐルークを考えていること。

 私とルークがそれなりにうまくいっていることは知っているが、聖女は魔王が現れたときに絶対に不可欠な存在であること。

 他国に渡せば、いざというとき聖女の力を我が国が借りることが後回しになるだろうこと。

 だから、何としてもこの先も聖女にこの国に留まってもらいたいということ。



 ようは、『事情が変わったので、ルークとの婚約を解消してもらえないか』という丁寧な打診だった。

 ゲームとは異なる、実にひっそりとした婚約解消が執り行われようとしていた。


 

 これで、ゲームと違う結末になる。

 聖女のために婚約を解消したというのは、どうしてもばつが悪い。

 私を悪役にできるならば、したほうが周りの理解も得られただろう。

 でも、そうならなかったということは、私を断罪する理由がないか、私とルークの関係がうまくいっていたからのどちらかだ。

 ほっとした。でも、下手に誤解されるような涙など見せるわけにはいかない。

 王子に未練があるなどと思われてはいけないから。



 ルークはすでに話を聞いていたようで、珍しく申し訳ない顔で、まっすぐとこちらを見た。

 さらさらとした金髪に、青い瞳はまさにゲームのヒーローにふさわしい。

 幼馴染で悪友の婚約者の私が言うのもだけど、スペックの高いメインキャラクターだもんね。

 ヒロインにあてがわれる人物としては、家柄なんかも考えてもルークよりもふさわしい人物はいないでしょう。

 それに、長い時間傍にいたからヒロインがルークを選ぶ気持ちもわかる。ルークはわがままで意地悪なところもあるけれど、いざというときは頼りになるもの。


「ルークは気にしなくていいわ。聖女は国の宝。彼女が我が国に留まってくれるかどうかで、魔王が現れたときの被害が違うことくらい十分わかりますから。今までありがとう」

「リリー、すまない」

 ルークはそういうと、私に深く頭を下げた。

「では、今この時を持ちましてお二人の婚約の解消を認めます」

 宰相はそういった。





 はぁ、1週間も前のことだけど。なんていうか、長い間張りつめていた緊張の糸が切れてしまい、安堵からついついぼーっとしてしまう。

 皆の様子を遠巻きにぼーっと見つめていた私の前に、ドリンクの入ったグラスが差し出された。

「……婚約の解消は義姉さんのせいではないから、こんな会場の隅にいなくても」

「エディ。今日はエスコートしてくれて助かったわ。私のことは気にしないで。あっ、今日が終われば、王都に邸宅がない方や王都の邸宅に留まる予定のない方とこれまでのように気軽に会えなくなるわよ。最後の時間をあなたも楽しんできて」

 私がドリンクを受け取り答えると、不服そうにエディの口がへの字になり、眉間に深いしわが寄る。

「義姉さんが納得しているならそれでいいです」

 そのまま不服そうにムスっとした顔でエディは、持ってきたドリンクを私の隣で飲み始めた。

 彼は攻略対象者の一人である私と同い年の義弟。

 ゲームでは私はこの義弟を魔王と同じ髪と瞳の色だと毛嫌いして虐めるはずだった。

 でも、その結末を知っている私は虐めたりなんかしなかった。



 そのおかげなのか、学園に入学してしばらくしてからは、あまりかかわりがなかったけど。

 パーティー目前で婚約を穏便に解消したせいで、エスコート役がいなくなった私が一人でパーティーに行こうとしたのを聞き、急遽エスコート役を引き受けてくれた。

「ありがとう」

 一向に私の傍から離れないエディにそういうと。

「別に。義姉の傍にだれもいないと、後で我が家がいろいろ言われるから」

 と言われた。




 ほんと、素直じゃない。

 私は隣でムスッとして、会場の中心にいる元婚約者であるルークとエミリアを睨みつけているエディをみてクスっと笑った。

「何か?」

 目ざとく私が笑ったことでエディが私を見下ろし睨みつけてくる。

「なんでもありませんー」

「公共の場で語尾を伸ばす口調はやめてください。まぁ、ルークが今度ラローザ邸に来たときは、昔のように卵をぶつけてやりましょう」

 婚約を何とか白紙にするべくやった、通称お転婆作戦の思い出をいきなりぶっこまれて、ドリンクが変なところに入ってせき込む。

「そんな懐かしいこと覚えていたの?」

「普通は王太子に卵ぶつけてやろうなんて言われたら一生忘れられないと思いますよ」

「あははは……は、まぁ、次にきたら思いっきりぶつけてやりましょう」

「そうだね」



 子供のときはエディとかなり仲良かったのに、途中から『婚約者がいるのに誤解されては……』と距離を取られていたけれど。

 久々のエディとのやり取りが懐かしい。

 今日さえ終われば、私もラローザ邸へと戻ることになる。

 昔のようにエディと仲良くできるかな?

 そう思った時だった。



 

 突如パーティー会場のドアが突然乱暴に開かれ、王直属の騎士たちが場違いに会場になだれ込んできた。

 ただ事ではない雰囲気に、すぐにエディが私の手を引き背中にかばった。

「義姉さんは下がってて」

「えぇ」


 勲章が胸元に多く着いた騎士はざわつく会場の中心にあたる、ダンスホールのど真ん中に立つと声を張り上げこういった。

「リリー・ラローザはどこだ」

 そのとたん、会場中の視線がエディの背にかばわれた私に向けられた。


 どういうこと? 何が起こっているの?

 状況がさっぱり呑み込めない。


 困惑する私をよそに、私を見つけた騎士が何人も会場の隅にいる私の傍にやってくる。

「これはどういうことでしょう?」

 エディが私よりも先に騎士に問う。

「リリー・ラローザ。貴殿を聖女に害をなす人物として処刑することが決定した」

 武器を向けていた騎士の一人が、私に向かってはっきりとそういったのだ。

 処刑?

「私にはそのようなことを問われる身に覚えが何もありません」

 処刑と言われて納得できるはずもない。

 だって、私はこれまで11年間、今日この場で断罪をされないように必死に運命にあらがい生きてきたんだから。



「聖女候補に害をなす人物が現れてから、怪しい人物には監視役がついていた。もちろん、貴殿にも。貴殿の悪行はすべて報告されている。これまでのことはともかく、王子と婚約を解消されたことで企んでいることは流石に目をつぶることはできない」

 聖女に害をなす人物は学園にいたのかもしれないけれど、私は決してヒロインを害してなどいない。

 なのに、私を断罪する相手が攻略対象の一人から、目の前にいる勲章をたくさんつけた騎士にかわっただけで、まるでゲームのリリー・ラローザ断罪イベントをなぞるかのようにイベントが進んでいく。

 それも、リリー処刑ENDで。



「わっ、私は、聖女を害したこともありませんし、今後も害をなそうと考えたことなどありません。確かにルークとは婚約は解消いたしましたが、企みなど」

 納得できるはずもなく、私はエディの後ろから出て弁解した。

「見苦しいぞ!」

 ビリビリと会場が揺れるほどの剣幕の怒声で身体がビクッとはねた。



 怒声により静まり返った会場で、否定した私に騎士は最悪の言葉を継げた。

「即座に拘束し、会場から引きずりだし処刑をすぐに執行せよ」

 ぎょっとした、いくら何でも即座に処刑執行なんておかしい、異常だ。

 エディは私の前に立ちはだかって抗議してくれたけれど、その声に耳を貸すものはいない。

 私は両腕を後ろに控えていた騎士にそれぞれ拘束され、会場から引きずり出されようとしていた。

「ルーク!」

 何とかしろと言わんばかりにエディがルークの名を呼んだ。

「待て、彼女はそのようなことを企てる人物ではない」

 ルークがエディに呼ばれたことで、ハッとしてすぐに騎士に駆け寄り抗議してくれた。

 しかし……



「ルーク様には魅了の術がかかっている可能性が高い、即座に別の部屋に隔離しろ」

 頼りのルークは先ほどから指揮をとる騎士の指示により、すぐに抑え込まれ私とは反対の方向へと連行されていく。

「私は魅了の術などかかっていない。王族は専用の魔具を常時身に着けていることを知っているだろう」

 ルークの抗議の声が聞こえる。

 私はその間にパーティー会場からあっという間に引きずり出され、パーティー会場から出てすぐの学園の庭園で地面に乱暴に跪かされた。




「義姉さん!」

 騎士をさけ、私の下へ駆け寄ってきたのはエディだった。

 闇魔法の影縛りという術を用いて、騎士たちをうまく足止めしてこちらに向かってくる。

 このままじゃまずい。

 抵抗しなきゃと思うけれど、パニックになっている私は得意の風魔法がうまく発動できない。

 最悪のメンタルで何とか仕えた魔法は、突風どころかそよ風程度。

 私が起こした風魔法のせいで私の髪がぱらっと崩れた。

 膝まづくように抑え込まれ、三日月の淡い月明かりの下では私のドレスは、菫色ではなくスチルのように濃い青に見えた。

 そして、崩れた髪と跪かされた今の私の姿は、場所が室内から野外に変わっただけでリリー・ラローザ断罪の最後のシーンと酷似する。

 それは、まるで運命からお前は逃れられないと言っているかのようだった。




「急げ、リリー・ラローザは高魔力持ちだ。すぐに首を跳ねろ。高位貴族としての誇りがあるなら、抵抗をあきらめ裁きを受けよ」

 先ほどから指揮を執る騎士がそういった。

 魔法を使用した私はすぐに、複数人の騎士に地面に組み伏せられた。


「リリー!!!」

 後のことなんか知ったことないと言わんばかりに、周りの静止を振り切り次々と人々を影縛りで足止めして、衣装の金具が引っかかり壊れたことも気にせず、エディが私の下へと駆けてくる。

「エディ……」

 助けてと、何とか私は首を持ち上げエディに向かって手を伸ばした。




 しかし、私の願いはむなしく、エディが間に合うことはなかった。

 痛みなど感じる暇もなく、気が付いたら私の頬は地面にくっついていた。

 目に涙をいっぱい貯めてこちらに向かうエディの顔。

 あー、エディ。私あなたのことが本当は……

 それが私の最後の記憶だった。




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