第1話:SF(サイエンスファンタジー)の始まり

 天気の良い平日の昼間だった。俺はのん気に、公園を散歩中に、ふと足を止めた。涼しい風が吹いたから、それに気を取られたのである。


「……あー、失業保険切れる前に、なんか仕事見つけないとな。でも、なんか気力出ないんだよな。」


 言葉に出すと、なおさら虚しくなる。俺は先日、22歳で就職してから8年間、ずっと働いて来た職場におさらばしたばかり。理由は聞いてくれるなら、聞いてくれ。

 ……と言っても、実はたいした事じゃない。1年前に上から割り振られた仕事が合わなかった、ただそれだけだ。いや、ただそれだけって、けっこうどころか、とんでもなくツラいんだぞ。

 努力しても努力しても、成果が出ない。と言うか、成果が出る類の仕事じゃない。頼むから、プログラマ1本でやってきた俺に、評価の仕事なんか割り振らないでくれ。何て言うか、遣り甲斐が無いんだ。プログラムは1本仕上げる度に、やった、と言う気持ちになるが、評価はできた成果物であるプログラムに、穴が無いか、バグが無いか、調査する仕事だ。

 うん、完璧を期するのは悪い事じゃあない。評価の仕事は、評価する人間は、絶対に必要だ。でもさ。向き不向きあるんだよ……。少なくとも俺は、1つのプログラムの評価を終えて、感動を覚える事は無かった。合わない仕事だった。ただそれだけだ。

 で、精神的に追い詰められて、でもって精神的に弱かった俺は、上司や上長に直談判して仕事を変えてもらうこともできずに、辞表を提出することしかなかった。

 ああ、いかん。思い出したら落ち込んできた。


「池からは離れておこう。突発的に死にたくなっても困る。」


 いや、いちいち口に出さないと、踏ん切り付かない事ってあるじゃん。たぶん口に出してなければ、俺はいつまでもボーっとその場に立ち止まっていただろう。




 そして、空から降って来たアレに圧し潰されていただろう。




 轟音とともに、俺は衝撃で吹き飛ばされた。痛い。ひたすら体中痛い。俺は目を閉じたまま、身体のチェックを始める。右手、動く。指先まで感覚あるから、大丈夫だろ。左手、同じく。感覚は指先まである。右脚、左脚、同じく。腹はどうだ。痛いが破けてないと思う。だといいな。頭。痛いは痛いが、深手の様子は、まあ無い。


「ッ……。」


 瞼を開いて周囲の様子を確認する。目は左右とも機能した。髪が乾きかけた血でバリバリする。服もちょっとばかりバリバリする。負傷は頭にしかない模様。まあ頭の負傷ってのは、派手に血が出るらしいからなあ。でもって、一応血は止まっている。俺は身体を起こし、周囲を見回した。


「なんだ?なんだこれは?」


 目の前に、ガンメタルブラックの壁があった。慌てて左右を確かめると、それはでかい腕の一部だった。だって、色こそ違えど似たもの見た事あるもの俺。お台場の実物大ガソガル。既に解体され、別のロボットに交代してしまったが、あの18m級ロボットの実物大模型を見てれば分かる。

 でも、腕だけだった。落下してきた、巨大ロボットの腕に潰されかかるって、何コレ?俺は上を見上げた。


「な、あああーーーっ!?」


 俺は再度吹っ飛んだ。何故ってガンメタルブラックの巨大ロボが、俺に向かって落ちて来たからだ。幸い、直撃はしなかったが、再度頭の傷が開く事になった。あと衝撃で、気絶した。

 ちなみに、その巨大ロボットには、左腕が肘から先、無かったりするのだった。




 気付いたら、俺は何かの操縦席に押し込まれていた。なんで操縦席って分かったかと言うと、ゲーセンなりなんなりの大型筐体っぽかったからだ。だけど、あれよりずっとリアル。それが何て言うか、リアルなのにファンタジーだった。キャノピーっぽい部分は、外の様子を映し出すスクリーンになってるらしい。これは、たぶん、間違いなくあのロボットの中だ。

 女の子の、声がした。


「気付いた?」


 それは、この操縦席の前席からだった。俺はそのとき、俺が座っているのが後席である事に気付く。このロボット、複座型なのか。


「ああ。ここは、あのロボット?の中なのか?」

「ロボット?わたしが学んだ貴方たちの言葉だと、ロボットって言うのは人間を模した自律機械の事じゃなかったかしら?場合によっては人型でない物も、自律機械ならそう呼ぶ様だけど……。」

「あ、ああ。乗り物の人型機械も、便宜上……いや、慣習として、ロボットって呼ぶ場合もあるんだ。って言うか、なんだ、その。助けてくれたのか?」


 少女の声は、それを肯定した。


「まあね。わたしのせいで死にかけてる人、放っておけないでしょ。あのままあそこに置きっぱなしにしたら、戦闘に巻き込まれて死んじゃうじゃない。」

「助かる。だけどさ……。なんでこんな市街地で戦闘してるんだ。あんた、何処の誰だ。って言うか、戦闘中なのか。」

「できれば質問は1つずつ、そして戦いが終わった後にしてほしいけど……。生き残りたいなら……ねっ!!」


 上空から、幾筋もの光線が降って来る。前席の彼女のヘルメットに覆われた後頭部が、微妙に動いた。たぶん操縦桿を握っている彼女の手は、もっと大きく動いているんだろう。

 そしてかなりのGが、俺と少女を襲う。しかしあの大きさ、20m以上はありそうだったが、それが大きく動いたにしては、かかるGが少ないと思った。でも、俺はベルトをしてなかったので、大きくよろめく。うっかり操縦桿にさわった。

 上空から降って来た光線の1つが、わずかに機体をかすったらしい。振動が走る。


「ああっ!?ちょ、だめよ!操縦桿さわっちゃ!」

「す、すまん、いや待て!俺がシートベルトしてなかったのは、俺のせいか!?違うだろ!?」

「ああ、もう!はやくシートベルトをして!そしてもう触っちゃだめよ!」

「わかった!」


 そして俺は四苦八苦して、見慣れない形式のシートベルトを締めた。前席の彼女が必死になって敵弾を回避しつつ、こちらからも時折攻撃するのがなんとなく見ててわかった。俺はパイロットであるらしい彼女の迷惑にならん様に、じっと黙ってお客さんになっている。と言うか、単なる荷物になっている。

 単なるお荷物状態だと、よく周囲が見える。この機体……俺に向けて落ちて来たのが、あのガンメタルブラックの左肘から先が欠損してたロボットだとすると、それとそっくりの機体が3機もいた。形状はちょっとばかり角張ってて、工業的に造り易そうなラインだ。

 ……うげ、ビルを壊した。逃げ惑う人々関係なしに疾走して、人々を……。こちらのロボットが、人を潰さない様に機動してるのとは、好対照だ。……冷静にしてる場合じゃない、やめろばか!人殺しども!

 あ。航空自A隊のF-15J?F-15DJ?あんまり自A隊機とか、詳しくないけど、それが何機か来た。それが敵機にミサイルを撃って……って、こっちに攻撃しないで!こっちは敵じゃない!と思う。この前席の少女の感じからすれば。

 俺は軍事にはほとんど詳しくないのでわからないのだが、対地か対空か知らんが、自A隊機のミサイルはあまり効果なかったみたいだ。こっちも避けようとしなかったから、あらかじめ分かってたんだろう。もちろん敵機のパイロットたちも。せいぜいこちらも、着弾の衝撃が走る程度だ。でも、敵機からすれば、鬱陶しかったんだろう。

 ……あ、あ、あ。敵機のうち1機が、背中のブースター?バーニア?噴かして飛んだ!で、戦闘機蹴ったーーー!?あ、あ、あ、他の敵機も自A隊機を思い思いの方法で撃墜していく!やめろばか、なんなんだこいつら!

 彼女が毒づいた。


「ああ、もう!あたらない!」

「……。」

「ちょっと、あんた!悪いけど、ちょっと手伝って!」

「……は?」


 パイロット様が、何か仰った。


「手伝えって……。俺はただの技術屋にすぎんのだが。しかも前の仕事辞めたばかりで、求職中の。」

「いいから!死にたくないでしょ!」

「あ、はい。」

「その右側の操縦桿、それ握って!あ、その前に座席の上の方についてるヘルメットを引き下ろして被って!被った!?」

「被っ……なんじゃこりゃ!?」


 ヘルメット被ったとたんに、頭の中に何かが流れ込んで来る。『初心者教習用プログラム』だって!?パイロット様がのたまう。


「あー、初心者教習緊急カット!初心者用射撃プログラム起動!」

「ちょ!」

「いい!?あんたの脳内に、直接映像が投影されたでしょ!?」

「なんじゃこりゃ!気持ち悪い!!360度全部いっぺんに見える!?」


 パイロット様が操縦桿を操作、ぐぐっとGがかかって、視界もぐりんぐりん動いた。うぎゃー!


「視界の中に、照準マークが見えるでしょ!それを右手の操縦桿で操って、敵機を捉えたら撃って!……本来この機体は複座型で、パイロットと火器管制が分かれてるの!わたしは操縦……回避機動と白兵武器使用にのみ集中したいから、火器管制……攻撃おねがい!」

「わ、わかった!」

「ライトアーム……アンド、ウェポン……コントロール、ユー、ハブ。」

「こ、こんとろーる、あい、はぶ!」


 右手の操縦桿が、今までは軽く動いてたのが、ずっしりと重くなる。何て言うか、何かにしっかりと「繋がった」感じだ。何かって、たぶん生き残ってる右腕なんだろう。それが持っている「銃」の照準器が、この視界内の照準とリンクしてるんだろうな。

 仕方ない、嫌だけど、いや違う、物凄く、物凄く嫌だけど、やるしかない。……また1機、自A隊機が墜ちた。あ、報道ヘリも落ちた。くそ、次の自A隊機を狙ってる。

 俺は空中に飛翔した機体を狙い、引き金を引いた。右手に持った小型マシンガンが唸りを上げ、多数の砲弾といっていいサイズの弾丸を、敵機に送り込む。ちょ、ビームじゃないのね。でも弾丸は、敵機を穴だらけにした。敵機は爆散するかと思ったけどそんな事は無く、街の広場、市役所前に落下して転がった。


「ビームじゃないんだな。」

「ビーム兵器じゃ、地球の技術で即座に生産とはいかないでしょ?」

「……なるほど。そっか。」


 そっか、この少女がこの地球にもたらしたかった物は……。


「『ギーグ』は幾多の武装を使えるけど、見本として持って来たのは、地球のレベルでも解析、複製、量産化が容易な武器だけよ。無論理論だけなら、けっこうな秘密兵器レベルまでデータパックに詰め込んできたけどね。

 それより、逃がさないで。上手くすれば、見本が少し増えるだけじゃなくて、機体の補修に必要な予備部品も手に入るわ。」

「了解だ。」

「たぶん、それほど時間は無いのよ。敵は……量産機どころか、複製品の試作機が出来上がる前に、本隊が地球到達する。だから、先遣隊の機体を少しでも減らして置く意味があるわ。この機体だけで、時間稼ぎができる様に……。」


 言いながら彼女は、しっかり回避機動を取っている。胃袋が空っぽで良かったかもしれない。あと少ししたら、マグロナルド行って飯にするつもりだったのだ。いやボスバーガーの方がいいかもな。現実逃避は置いといて、俺は撤退行動を取るガンメタルブラックの敵機に、マシンガンの弾を送り込む。

 脚を狙って撃ったが、あたるあたる。無双状態だな。というか、こちらのパイロットさんの回避技量が極めて高い模様。こっちの攻撃を向こうは回避できないのに、向こうの攻撃はこっちのパイロットさん操るこの機体には、あたらない。

 じゃあなんで片腕なのか。たぶん1人で操縦してて、攻撃するため回避がおろそかになったところを狙われ、やられたんだろう。

 あ、くそ、弾切れになった。幸い相手の両脚は吹き飛んで、相手機は片側2車線道路を全部ふさいで転がったけど。


「予備弾倉は!?」

「あるけど、これは見本用に取って置きたいの。大丈夫、右腕のコントロールをこちらに!大丈夫、右手の操縦桿を放してもらえば、こっちで全部やるから!」

「わ、わかった!え……と、こ、こんとろーる、ゆー、はぶ?」

「コントロール、アイ・ハブ!」


 で、これから先は本当にまたお荷物状態だ。残る敵機は1機。既に逃げようとしており、こちらに背を向けて飛翔したところだ。逃がさじと、こちらの機体もまた空を飛んで追い縋る。そしてマシンガンを右腰のラッチに取り付けると、後ろ腰から短剣を抜いた。

 ヂイイイィィィ!!と耳障りな音が聞こえる。敵機に後ろから接近したこちらの機体は、背中側から敵機の操縦席がある腹部を、その短剣で貫き通した。そのままもつれ合って、地上へと2機は落下する。


「お、落ちるーーー!!いや、落ちるなら建物の無いとこ!あっちに河がある!一級河川!」

「わかってるわ!向こうの河ね!」


 ぐったりした敵機体を捕まえたまま、スラスターを全開。俺たちの乗るロボット……『ギーグ』とか言ったか?ソレは、水柱を立てて河の中に落着した。




 ロボットから降りた俺たちは、陸上自A官の人たちに十重二十重と取り囲まれた。どうも味方だとは思ってもらえてないみたいだ。さもありなん、同じ型のロボットが街を破壊し、人々を踏みつぶし、航空自A隊機を叩き墜としたんだし。

 せいぜいが良くて、敵の敵、程度だろうな。もしかすると、余計な戦いをこの地に引き込んだ厄介者とか思われてるかも。自A官の方々は、小銃を構えている。ただ、うかつに発砲するつもりは無い様子なのが、幸いか。

 そんな中、パイロットの少女が腰から拳銃を外した。って言うか、持ってたのか、拳銃。外したのは、ホルスターごとだ。そしてそれをポイする。自A官の方々から、若干緊張が抜けた。

 そして彼女はヘルメットを脱ぐ。ヘルメットの中に押し込められていた、長い銀髪がふわりと広がり、そして後ろ腰に流れた。碧眼が、周囲を一瞥する。

 俺は、このパイロットの少女に見とれていた。何と言うか、美少女だ。お約束すぎる。こんなのファンタジーだろう、やっぱり。彼女は涼やかな声で言った。


「わたしの名はアリエル・アディントン!あなた方からすれば、宇宙人と言う事になるわ!わたしが地球に来た目的は、警告と支援!地球は、わたしの故国『ティ・アグ共和国』により狙われているわ!わたしの乗って来た機体『ギーグ07-B1』、およびわたしが持って来たデータパックの内容を急ぎ解析して、侵略に備えて!」

「いや……我々のような下っ端に言われてもな。一応偉い人に話は通すがね。まずはとりあえず、身柄を拘束させてもらう事になる。抵抗しないでくれると、ありがたい。」

「上に話を通してもらえるだけで、ありがたいわ。それと、こっちの人は戦闘中に拾った、負傷してた民間人。やむなく緊急避難的に戦闘を手伝ってもらったけど、あくまで緊急避難だと言う事を念頭に置いて欲しいわ。」

「うむ……。」


 そして俺たちは、陸上自A隊に拘束されて、近場の駐屯地へと移送されて行った。無論、『ギーグ』とか言うロボット計4機、うち稼働するのは俺たちが乗っていた1機だけだが、それも駐屯地へと運ばれていったのである。

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