5、跡継ぎ


 グレンは若いうちから、よく大叔母の屋敷に遊びにきていたらしい。美術品に興味があったようで、大叔母の仕事については特に何も聞かされないまま、単に珍しいもの目当てで来ていたようだ。


 ルームサービスで届いたハムとレタスのサンドイッチを食べながら、メリルローザは向かいに座ったヴァンの話を聞く。


「もっとも、グレンは屋敷にあるのがいわくつきの品だってことに早々に気がついたようだがな」


宝石だったり絵画だったりよくわからない骨董品だったり。買い取る品に統一性がないので、すぐに行き着く疑問だろう。


 お世辞にも大叔母は美術品の売り買いが上手いとは言えなかったようで、安く引き取られてしまうこともあったそうだ。そこで、口の回るグレンが交渉役として手伝うようになったらしい。

 自分の扱う美術品について調べるのは当然のことだ。屋敷にあるのがいわくつきの品ばかりだと、グレンはすぐに答えにたどり着いた。


「ナターリエも誤魔化すのが下手だから、俺のこともそのまま話したんだよ。呪われた品を浄化してるんだってな」

「え……? じゃあ、ヴァンはその時叔父さまに会っているの?」


 はじめて会った時、グレンは「声を聞いていたよりずっと若々しい見た目だね」と言っていた。大叔母と一緒にいた時は実体化していなかったのだろうか。


「声だけだ。俺はナターリエにしか姿を見えないようにしていたから」

「どうして?」

「ナターリエがそう望んだから。『未亡人が若い男を囲っていたら変な噂になるから』だってな」

「あ、……そっか……」


 常に一緒にいたら、口さがなく言う者もいるだろう。もちろん、未亡人というのは大叔母が言っているだけで、実際の婚姻は結んでいなかったのだから何の問題はない。

 それでも、例え噂でも亡くなった婚約者を裏切ったと思われることはしたくなかったのだろうか。


「ナターリエが体調を崩して、……グレンが跡を継ぐと言い出したんだ。ナターリエ自身は、別に誰かに引き継がせようとか、家業にしようとか思ってたわけじゃない。そもそも、グレンが跡を継いだところで俺の能力が使えるわけじゃない」


 ヴァンの能力を使うために、結局は別の誰かを巻き込むことになる。別の誰か、すなわち、グレンによって引き合わされたメリルローザだ。


「グレンはグレンなりの目的があるんじゃないかと思う。だからお前があいつの言うことに従うことはないし……、お前が嫌なら無理して跡を継ごうとか思わなくたっていい」

「無理なんかしてないわ!」


 反射で言い返してしまって、ごほんと噎せる。

 そりゃあ初めは戸惑ったし、やっていけないと思ったけれど。メリルローザ以外の人にレッドスピネルを渡すなんて考えられない。


「わたし、あなたを手放す気はないもの」


 言ってしまってから、なんだか愛の告白みたいになってしまったと顔が熱くなった。


「……ヴァンこそ。わたしじゃ、嫌なんじゃないの」


 顔を背けて、もそもそとサンドイッチを口に運ぶ。

 卑屈な質問だ。嫌じゃないと言ってもらうためにしているようなものだ。案の定ヴァンは「別に嫌じゃない」と返した。


「嫌じゃないが、お前といると変な気分になる」


 ふう、とヴァンがため息をついた。


「そ、それは悪かったわね……」

「ああ。お前が悪い。お前が、泣いたり怒ったりするから……振り回されるんだ」

「……じゃ、迷惑かけてごめんなさい?」

「迷惑じゃない。そうじゃなくて、変に気持ちが乱される。まるで人間になったみたいに、お前のことを……」

「……わたしの、ことを?」


 ヴァンの眉根がきゅうっと寄る。その先を聞きたいような、聞きたくないような気持ちで待つ。長い沈黙の後、ヴァンは結局「なんでもない」と結んだ。


「そ、そう……」


 何を言われるのかとどきどきしてしまった。変な沈黙が部屋に落ちると、


「ああーっ! もう! じれったいわね!!」


 突然フロウが飛び出してきたので、驚いて声を上げてしまった。


「フ、フロウっ! いたの!?」

「そりゃいたわよ。ずーっとね! 知らない場所だから外にもいけないし、出ていくタイミングがなくて困ってたんだから!」

「普通に出てくれば良かっただろう」

「出られるわけないでしょっ! もうっ、ヴァンは本当にわかってないんだからっ!」


 覗かれて(?)いたメリルローザよりも、何故だかフロウの方がぷんぷん怒っている。


「はあ!? わかってないって何が……」

「――そういう時は、キスしてみればわかるものよ」

「は!?」


 真顔で言ったフロウにヴァンの顔が赤くなる。


「……って、メリルローザが持ってる本に書いてあったわ」

「ちょっと! か、勝手に読んだのっ!?」


 今度はメリルローザが沸騰した。

 部屋の本棚にひそかに差してあるロマンス小説だ。人目につかないように隠してあったのに、フロウときたらお構い無しである。


「~っ、フロウ、具合は大丈夫なの!?」


 恥ずかしさゆえに強引に話題を変える。

 まあ、この街にきたときよりも大分顔色はいいし、これだけぽんぽんと喋っているのだから少しは良くなったのだろう。


「ええ。心配かけてごめんなさいね。相変わらず気分はあまり良くないけれど、休んだから少しはマシになったわ」

「休んだだけでマシになるものなのか?」

「そんなこと言ったら、メリルローザの涙、貰っちゃうわよ?」


 ついっとフロウがメリルローザの顎をとる。


「涙をあげたら良くなるの?」

「そりゃあ契約者から力を貰えれば、アタシたちとしてはありがたいわね」


 でも、とフロウは手を話した。


「この街の呪いがある限り、嫌な気分なのには変わらないからいいわ。涙だけもらっても、元凶が改善されないとね」

「そう? でも、本当に必要なら言ってね」

「ありがと。ま、さっさと用事を済ませて帰りましょうね」


 お屋敷に戻ったら二人の邪魔はしないから、と言われ、「そんなこと起こらないわよ」と赤くなって返す。……とりあえず、帰ったら真っ先に本の隠し場所を考えよう。見つかったらフロウに嬉々として読まれるのが想像できてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る