4、探し人


 *


 彼女は、川沿いの道でスケッチをするのが好きだと言っていた。


 花の季節に対岸を見れば、鮮やかな眺めが楽しめる。古い橋や、川の流れ、うつろう時を描くことが出来る。

 振り返れば煉瓦色の市街地と、鬱蒼と茂る木々の中に建つ城が見える。何世紀も変わらない景色に思いを馳せることが出来て。


「画家にとっては、贅沢な場所ね」と。


 川の方から吹く風に、長い栗色の髪をなびかせながらそう言った。

 適当にひとつに結っただけの髪と、絵の具がこびりついた爪。化粧もしない横顔は、キャンバスに注がれたまま。

「飽きないの?」と言われるたび、「飽きないよ」と笑って彼女を眺めていた。


 ネッカー川に沿って歩きながら、そんな記憶を思い出す。栗色の髪の女性とすれ違うたびに、何度目かの「まさか」を繰り返して。


「……いない……か」


 ため息をついて城を見上げる。今もこの街にいるのかどうかわからない。それでも、もしかしてと思って視線は彼女を探してしまう。

 フローライトの力を借りれば、きっとすぐにわかるのだろう。そのためにメリルローザと共にこの街にやってきたというのに、出会った時のように偶然の再会を期待してしまっている自分もいる。


 橋を渡っていく人を眺めながら歩いていると、ちょうど栗毛をひとつに結んだ女性の姿が見えた。スケッチブックも何も持っていないが、グレンは直感的に走った。近づけばそれは確信に変わる。


「ディアナ……!」


 栗毛の女性が振り返り、驚きで目を見開く。逃げ出す前に追い付いたグレンはその腕を取った。


「はぁ、はぁ……。……三年、ぶり」

「グレン……!? どうして、ここに……」

「そりゃあ、君に、会いたくて……」


 おどけたように笑うグレンに、ディアナはくしゃりと顔を歪める。もう会わないと言ったはずよ、とグレンの腕から逃れた。

 息を調えたグレンはポケットに手を入れると、一枚のカードを掲げる。ユリアが持っていたものだ。ディアナがハッとした顔をする。


「この模様に見覚えがあってね」


 黙ったままのディアナにグレンが詰め寄る。


「何故、何も言わずに僕の前から逃げたんだ?」

「……。あなたとは……、相容れないと思ったからよ」

「それは、君が呪術師と関係しているから?」


 ディアナははっきりと刺されたような顔をした。嘘がつけない女だ。鎌をかけたつもりだったのに、事実であると認めてしまっている。


「ディアナ……」


 ちゃんと説明して欲しい。伸ばした手はあっけなく払い落とされた。


「グレン。あなたとのことは、もう過去の出来事だわ」


 お願いだから、もう会いにこないで。

 か細い悲鳴のような懇願を残して、ディアナは走り去っていった。



 *



 ――気がついたら、既に日が落ちていて驚いた。


 ベッドに寝かされていたメリルローザが目を開けるとヴァンの姿はなく、枕元に水が用意されていた。

 喉が乾いていたのでありがたく飲んで、……先ほどのことを思い出して赤くなる。

 ぎゅっとしがみついたヴァンの身体や息遣いが身体中に残っているような気がして、……自身の身体を抱きしめる。


 部屋の中はメリルローザだけで、フロウもヴァンもいない。もしかしてグレンが帰ってきているのかと隣室をノックしたが、出迎えたのはヴァンだけだった。


「……起きたのか」

「え、ええ」


文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、何事もなかったふりをした。


「……叔父さまは?」

「まだ戻ってきてない」

「そう……。遅いわね……」


 すっかり暗くなってしまった窓の外を見ながら、メリルローザは心配になった。

 もちろんグレンはいい大人だし、メリルローザが心配するようなことはないのかもしれないが、旅先で行方も告げず夜まで帰ってこないとは穏やかじゃない。


「探しにいったほうがいいのかしら」

「馬鹿。女が夜に出歩くな」


 一刀両断されて黙る。

 かといって知らんぷりも出来ないし、と悩んでいると、窓の外にグレンの姿を見つけてほっとする。通りからホテルの入り口をくぐり、いくばくもしないうちに部屋の前へとやってきた。


「ああ、メリルローザ。一人にして悪かったね」


 グレンの声に覇気がない。疲れた顔で片手を上げると、「悪いけど、今夜は一人にしてくれるかな」とヴァンに声をかけた。


「君たちの話もまた明日聞くよ。……ごめん、今日はこれで。……おやすみ」


 ぱたんとドアが閉ざされ、メリルローザとヴァンはグレンの部屋の前で立ち尽くした。

 閉め出さされてしまったヴァンはメリルローザが引き受けるしかない。グレンの様子がおかしいので、メリルローザも文句を言う気にもなれなかった。


「……どうしたのかしら」


 グレンらしくない。

 いつも落ち着いていて、滅多なことでは感情を表に出さない人だ。例えそれが表面的で、メリルローザには見せない一面があるのだとしても、身内の前でも弱い姿を晒すことは好まない気がしていた。


「さあな。興味ない」

「……そりゃ、あなたはね。っていうか、大叔母さまがいたとき、叔父さまとも会ったことあったんでしょ? 姿が見えなくてもそれなりに関わってきたんじゃないの?」


 仕方がないのでヴァンと共に自室に戻る。目が覚めた時は、顔を会わせるのが気まずいななんて思っていたけれど、なし崩し的にどうでもよくなってしまった。

 グレンは夕食をとる気もなさそうなので、メリルローザはルームサービスで軽食を取って食べることにする。


「……お前が思っているほど関わりはないぞ。そもそも、ナターリエは跡継ぎのことなんて考えてもいなかったし。グレンがあの屋敷に押し掛けてきたようなものだ」

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