13、幼なじみ
招待客に乾杯用のシャンパンが振る舞われ、ガーデンパーティーが幕を開ける。
白いクロスのかけられたテーブルには、パティシエが腕を振るって作ったであろうケーキや焼き菓子、軽食の類が並べられているものの、来場客は皆、挨拶やおしゃべりに夢中でなかなか手がつけられない。
グラスを片手に微笑みあう紳士淑女の波間を縫って、給仕たちがこなれた動きでドリンクのおかわりを捌いていく。
メリルローザも最初に振る舞われたシャンパンを半分ほど飲み干しただけで、あとはひたすら挨拶だ。
次から次へとグレンの元に人がやってきてはメリルローザのことを聞いていく。
「人気者だね、メリルローザ」
なんてグレンはからかう口調で笑ったが、美形の男爵にいきなり娘が出来ていたので、皆驚いているのだろう。メリルローザがシェルマン家の娘だと気づかなかったものもいたくらいだ。
士爵家の娘だと貴族社会ではたいして見向きもされなかったのに、男爵家の令嬢になったとたん手のひらを返すように誉めそやされる。人間不信になりそうだわ、なんて心の中でため息をついた。
挨拶の嵐が終わる頃には、アルトナー伯爵の指示で楽隊による演奏が行われていた。
弦楽器の優雅な調べに皆の視線が集まったタイミングで、メリルローザはようやく温くなったシャンパンを飲み干す。
「すみません、ジュースをいただける?」
グレンから離れて給仕に声をかける。
「どうぞ」とすぐ側から差し出されたリンゴジュースの差出人に、メリルローザは「あら」とわざとらしく声をあげた。
「気が利くわね、どうもありがと」
「……まったく君は相変わらず可愛げがないな」
小馬鹿にしたような口調でこちらを見下ろすのは、ジークハルト・アルトナーだ。
メリルローザよりも赤みがかった金髪が顔に影を落とす。
アルトナー三兄弟は皆それなりに整った顔をしているが、ジークハルトは母親寄りの甘い顔立ちをしている。そのせいか、子供のころの面影が兄弟の中でもいちばん残っていた。
「じゃ、可愛げのある子を口説きにでも行ってきなさいよ」
「そうやって口答えするからお前は昔から損してるんだよ。黙っていれば、……なのに」
ごにょごにょ呟くジークハルトの手からリンゴジュースを貰うと一気に飲み干した。渇いた喉に冷たい甘さが心地良い。
ジークハルトはメリルローザの白い喉が上下に動くのを凝視したのち、決まり悪そうに視線を逸らした。もう一杯頼むか、などと親切な提案さえしてくれる。よほど喉が渇いているらしいと思ったのかもしれない。
二杯目のリンゴジュースはゆっくりと味わっていると、ジークハルトが話を切り出した。
「……キースリング男爵の養女になったって聞いたときは驚いたよ。なぜ、男爵家に?」
「別に、あなたが期待しているような面白い理由はないわよ。叔父さまが養女を探していて、たまたま……わたしの条件が良かっただけ」
「条件? 他の貴族との縁談でも決まっているのか?」
「まさか。そんなわけないでしょ」
「そ、……そうだよな。そんなわけないか」
納得したような顔をされてむっとする。
どうせわたしはモテないわよ、と言ってやろうかと思ったが、妙にそわそわとしているジークハルトの様子に首を傾けた。
「どうしたのよ、さっきから」
「話したいことがある」
改まった様子でジークハルトが口火を切る。
「何?」
「……いや、ここでは、ちょっと」
歩こう、と促されてメリルローザは戸惑った。
「え、でも……いいの?」
今日はアルトナー三兄弟のために設けられた出会いの場ではなかったのか。
ジークハルトの兄と弟はそれぞれ目当ての女性らしき人に声をかけているのが見えるし、ジークハルトだってそれなりにモテる。メリルローザが振り返ると、ジークハルト狙いらしい女の子たちからの視線が刺さった。
「いいんだ。……他のやつらに聞かれたくない」
幼馴染がこんなに真面目な顔をするなんて、よほど切羽詰まった悩みでもあるのか。わかったわよ、と頷いたメリルローザはジークハルトについていく。
そっとパーティーの輪から抜けても誰も咎めないのは、今日の目的がそういうパーティーだからだろう。アルトナー家の庭園に、二人きりになれるようなベンチやテーブルがさりげなく置かれている。
見事な芍薬の庭園を抜けた先の
「……それで、一体どうしたの?」
ひとけのないベンチに並んで座ったメリルローザに、ジークハルトはやや緊張した顔を向ける。
「お前、今、婚約者とか縁談の話とかないんだよな」
「……そうだけど」
それが何? と言う前にジークハルトがメリルローザの手を握った。思いもよらない行動にきょとんとしてしまう。
「どうしたのよ、ジーク……」
「だったら、俺と……結婚してくれないか」
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