12、芍薬の庭園


 ガーデンパーティーの招待状が届いたのは、マイスタートルンクの祭りが終わった数日後だった。


 ガーデンパーティーというと大袈裟だが、ようは貴族の集まるお茶会だ。男爵家の名を持つグレンも、貴族同士の付き合いというものがある。

 先日の園遊会とやらはメリルローザの父が参加したが、グレンとてサボってばかりもいられない。義娘のメリルローザ宛てにも招待状が届くのは不思議ではないのだが。


「……どういうつもりかしらね……」


 アルトナー伯爵家の家紋が捺された封筒を見ながら、メリルローザは顔をしかめる。

 宛名には親愛なるメリルローザ・キースリング嬢、などと書かれているが……。


「行きたくないかい?」


 グレンに問われて首を振る。


「いえ。叔父さまの顔もありますから、きちんと参加しますわ」


 参加することが嫌だというよりも、自分宛てに招待状が来たのが不思議なのである。


 アルトナー伯爵家は男ばかりの三兄弟で、次男のジークハルトはメリルローザと同い年だ。もちろん社交の場では何度も顔を合わせている。


「ふうん、幼馴染というやつか」

「ええ。でも、父とアルトナー伯爵はそんなに付き合いがあるほうではありませんし、わたしがキースリング家の養女になったと知っていることは意外でした」


 ユリアが知らなかったのはたまたまで、実は噂になってたりするのかしら、なんて思う。あるいは出所はヒルシュベルガー家か。噂話は広がるのが早い。

 同年代の友人が少ないメリルローザが、陰で成り上がり令嬢だと言われているのは知っている。男爵家の養女になったことは隠しているわけではないが、大っぴらに宣言することでもなかっただけだ。ガーデンパーティーでは、彼女たちに面白いネタを提供することだろう。


「幼馴染だから、君のことを気にかけていたんじゃないかい?」

「まさか! 会えば何かと突っかかってくるようなやつですよ。今回だって、わたしがまた成り上がったとからかうつもりで呼んだんじゃないかしら」

「どうかな。君の年くらいだとなかなか素直になれないものだよ」


 返事を出しておいてもいいかと言われて頷く。グレンも一緒だし、メリルローザは叔父に引っ付いて挨拶回りだろう。


「パーティーなんて楽しそうねぇ。ねっ、ついて行ってもいいでしょ?」


 ふわりと現れたフロウにねだられる。


「いいけど、人がいっぱいいるからあんまり相手は出来ないわよ?」

「いいのいいの。流行りのドレスや綺麗なお庭が見られるんでしょ? 邪魔にならないように姿も消しておくから」


 メリルローザは社交に集中していいからと言われて、それならいいかと頷く。フロウの本体をポケットに忍ばせればいいだけなので、そんなに面倒なお願いではない。


「ヴァンはどうする? さすがに実体化して一緒には入れないわよ」


 一緒に来るならフロウのように姿を消しておいてもらわないといけない。気が乗らないなら留守番でもいいけど、と付け足そうとすると「一緒に行く」と返された。


 ヴァンの意志でメリルローザの側にいる、とフロウが言っていたように、ちゃんとヴァンは主であるメリルローザと行動を共にしてくれるようだ。


 精霊と、その力を借りる主としてヴァンと付き合っていこうと決めた。


 ――先日、フロウに大叔母の話を聞いたことはヴァンに話していない。もっとも、ヴァンなら別に聞かれて困ることはないと言うかもしれないだろう。


 フロウの話を思い返す度――いとおしそうに薔薇の花を見つめるヴァンの横顔を思い出す。


 割り切らないとと思っているのに、メリルローザの心は棘がささってしまっているかのようにちくちくと痛み続けていた。



 *



「ようこそ、キースリング男爵」

「アルトナー伯爵、お久しぶりですね。今日は素敵な会にお招き頂いてありがとうございます。ここの庭はいつ来ても美しいですね」


 アルトナー伯爵家の庭園はとても広く、手入れが行き届いた美しい庭だ。自慢の庭を誉められた伯爵が嬉しそうに笑う。

 伯爵夫人と息子三人も出迎えてくれたが、次々にやってくる招待客に挨拶をするのに忙しそうだ。ジークハルトがメリルローザに目を止めたが、ここではお決まりの挨拶だけで終わった。


 庭園は芍薬シャクヤクが見頃で、大輪の薔薇のような桃色の花弁が花開いていた。初夏の爽やかな空気にのって、甘い香りが庭園いっぱいに広がっている。ヴァンとフロウも庭のどこかにいるのだろう。広い庭だし、見るところはたくさんあるはずだ。


「思ったより、招待客が多いですね」


 以前参加した時よりも人が多い。昔はもっと花を愛でつつ父たちが社交をする場だったと記憶しているが、今日はメリルローザと同年代の若い男女が多い気がした。女性たちの華やかなドレスが緑の多い庭園を彩っている。


「ああ。そりゃあ、アルトナー三兄弟は年頃だからね」

「ああ、なるほど……」


 出会いの場、というわけだ。大人たちは付き添いで、実体は若者メインのパーティーらしい。

 ユリアもいるのかしら、と視線を巡らせたが彼女は来ていないようだった。


「メリルローザも、いい相手がいたら遠慮なく僕に言ってくれて構わないからね」

「いいご縁があったら、くらいの気持ちでいますわ」


 叔父の仕事を手伝うと決めたばかりなので、メリルローザに結婚の意思はあまりない。グレンも無理強いする気はないらしく苦笑していた。


「今日はナイト役もいないしね。困ったことがあったら言うんだよ」


 ナイト役と言われてすぐにヴァンの顔が出てくるあたりどうかしている。

 緩く頭を振ったメリルローザは、背筋をしゃっきりと伸ばして社交用に切り替えた。メリルローザの胸元で、レッドスピネルが陽光を浴びて輝く。


 そんなメリルローザを若い男性たちがちらちらと気にするそぶりを見せているのにグレンは気付いていた。


 身内の欲目を差し引いても、メリルローザは美しい。

 輝く金髪に透き通るような青い瞳。

 意志の強そうなきりりとした赤い唇と、まだあどけなさの残る顔だちは、ほころび始めた薔薇の花のごとく危うげな色香を纏っている。


 これまで、準貴族だからと相手にしてこなかった爵位持ち達が、男爵令嬢の名を冠したメリルローザにこぞってアピールしてくる様子が目に浮かぶ。


(悪いね、君たち)


 義娘の心には妖しくも美しい精霊が住み着いてしまっているのだ。多分、人間ごときでは太刀打ちできない。

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