11、君、何想う
(誰もナターリエの代わりにはなれない、か)
夜露に濡れた薔薇の葉を眺めながら、メリルローザはなんとも言えない気持ちをふうっと吐き出した。
立ち聞きしていたみたいで嫌な感じ。
……でも、大叔母さまのことを話す二人の中に入っていけなかった。
自分に出来ることをしようと思っていたけれど、やっぱり大叔母さまの真似事でしかないのだろうか。
しょんぼりとうなだれてベンチに座ると、元気がなくなってきた薔薇の花が視界に入る。そろそろ薔薇の季節も終わりだ。
ふわりとショールをかけられて、メリルローザははっとして振り向く。そこにいたのは、悪戯っぽい笑みを浮かべた銀髪の青年だった。
「あら、ごめんなさい。思っていた人と違った?」
「……ううん。ありがと、フロウ」
ありがたくショールを受け取る。
足音は殺して立ち去ったつもりだったけれど、先ほどメリルローザがいたことに気付いていたに違いない。メリルローザの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「ごめんなさいね。さっきは、入りにくかったでしょう」
「ううん。こっちこそ……ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったんだけど……」
「いいのよ。聞かれて困ることなんて話していないもの。あなたも、聞きたいことがあるんじゃなくって?」
隣に座ったフロウが穏やかな声でそう言う。聞いてもいいの? と尋ねると、「もちろん」と微笑んだ。
「アタシたちばっかりナターリエの話をするのは不公平でしょ。あなたを仲間外れにしたいわけじゃないしね」
「別に、拗ねてるわけじゃないのよ?」
「わかってるわよ。ただ、ヴァンに聞きづらいのならって思っただけ」
どう? と小首を傾げたフロウの銀髪が揺れる。
普段はおちゃらけた印象が強いが、こういうところは年の離れた姉でも出来たみたいだ。
自分が長女で、あまり人に甘えたり頼ったり出来なかったメリルローザには新鮮な感覚で気が緩む。
「ヴァンは、ナターリエ大叔母さまのことが好きだったのね」
「そうね。ナターリエのことは大切に思っていた。それが人間でいう愛なのか恋なのかはわからないけど、ヴァンにとっては特別な存在だったのよ」
以前薔薇園でヴァンに聞いた時、ヴァンもそう言っていた。けれど、改めてフロウから聞くとやっぱりメリルローザの胸は痛む。
「……ナターリエ大叔母さまも、ヴァンのことを……?」
ふたりはお互いに想い合っていたのだろうか。フロウはきっぱりと「いいえ」と否定した。
「ナターリエが愛していたのは、あの子の夫だけ。正確には、夫になるべき人だった、かしらね」
「……? 大叔母さまは結婚していなかったの?」
「亡くなったのよ。結婚式を挙げる前にね」
言葉を失ってしまう。
大叔母のデスクに飾ってあった古びた写真。若い頃の大叔母と、優しげな面差しの青年がうつっていた。
「若いし、他にいいお話はあったみたいだけど、あの子は自分は未亡人なんだって言い張ってたわ」
婚約者以外と添い遂げる気はない、と縁談をはねのけて。いつかあの世から迎えに来てくれる時まで、彼を愛し続けると誓ったそうだ。
そして、ヴァンやフロウと出会い、呪われた品を浄化するために奔走した。時に無茶で無鉄砲で、そんなところが危なっかしかったとフロウは笑った。
生き急いでいると言っていたのは、そんな大叔母の様子を見ていたからなのだろう。
走って、走って、グレンに跡を任せて、ようやく彼女は愛する旦那さんと結ばれた。
「……ヴァンは置いていかれちゃったのよ。永遠にね」
フロウの指がメリルローザの涙を拭った。
ヴァンは今でもずっとナターリエ大叔母さまのことを思い続けている。そのことが、メリルローザの心を打ちのめした。
自分は、ヴァンと契約を結ぶべきではなかったのかもしれない。
俯いたメリルローザの心を読んだかのように、フロウは「勘違いしないでね」と話を続けた。
「今のヴァンの主はあなたよ、メリルローザ。思い出は美しいものだけど、あなたが今の自分を恥じたり、否定する必要はないわ」
ヴァンに今のあなたを否定されたみたいでショックなんでしょ、とフロウが言う。図星だった。
「わたしが、贅沢なだけ。ヴァンもフロウも力を貸してくれているんだから、それでじゅうぶん……なのよね」
ナターリエ大叔母さまのようにはなれない。
ヴァンにとっても、メリルローザは彼女の代わりではないのだ。
心まで欲しいなんてのは贅沢な望みで、血と引き換えに浄化の力を借りる、ギブアンドテイクの関係。それでいいじゃないかと言っていたのはグレンだ。
メリルローザの髪の間から、パールのイヤリングが月明かりを受けてきらめく。フロウは目を細めた。
「いいのよ、たくさん望んで。だって人間は贅沢な生き物なんだもの。でも、忘れないで。ヴァンがあなたの側にいるのは、彼があなたを選んだから。ヴァンの意志で、あなたの側にいるのよ」
もちろんアタシもあなたが好きよ、とフロウが茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。
たとえ慰めだったとしても嬉しい。ありがと、とメリルローザも微笑んだ。
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