10、永遠の失恋
「おかえり、メリルローザ」
「叔父さま。ただいま戻りました」
屋敷に帰るとグレンが出迎えてくれた。晴れやかなメリルローザの顔を見て、「その様子だとうまく行ったみたいだね」と笑う。
「叔父さまも協力してくださってありがとうございました」
「僕は大したことはしていないよ。鑑定士を紹介しただけだ」
グレンと付き合いが長いという鑑定士は、これまでもグレンの持ち込んだ様々な品を鑑定してきたらしい。メリルローザのアンバーも慣れた様子で対応してくれたので助かった。
「マイスタートルンクの祭りも楽しんだようだね」
「ええ。叔父さまも一緒にいらっしゃれば良かったのに」
「そうだねえ。来年は遊びに出ようかな」
メリルローザの耳元でパールのイヤリングが揺れる。例の露店商で買ったのでもちろん模造品だとわかっているが、品のある可愛らしいデザインで普段使いするのにはちょうどいい。
ヴァンが選んでくれて、その場でつけて帰ってきた。フロウも、メリルローザの金髪に映えると褒めてくれた。
その後でパレードや羊飼いのダンスも見て、とても楽しい一日だった。
家族連れや恋人同士。子供たちが楽しそうに歩いている風景を見て、メリルローザは心に決めたことがある。
「……叔父さま。わたし、フロウと契約を結びました」
「おや。いつの間に」
そう言いつつも、グレンは驚いていなかった。メリルローザが決めることだと言っていた通り、その決断をいいとも悪いとも言わない。
「……わたしに出来ることがあるならやって行こうと思っています。だから、大叔母さまの仕事のこと、もっと知りたいんです」
「……恐い話は苦手じゃなかった?」
「苦手、ですけど。でも大叔母さまだって、恐い話は苦手だったんでしょう?」
「あはは。ヴァンかフロウに聞いたのかな。でも、君がそのつもりなら、僕の持っている伝手も有効に使ってくれて構わないよ」
今日の鑑定士もそのひとつだとグレンは言う。
グレンの物事の進め方はとても合理的だ。感情で突っ走ることが多かったらしい大叔母に共感できる部分もあるが、グレンのやり方もメリルローザにとっては勉強になる。
跡を継ぎたいなんてまだ言える段階ではないけれど、メリルローザはメリルローザらしいやり方で誰かの力になれたらいい。
きっかけはグレンに騙されたような形でヴァンと契約を結んだことだけれど、今は嫌々関わっているわけではない。
メリルローザの意志で、もっと大叔母の仕事やヴァンとフロウのことも知っていけたらいいと思う。
どこか吹っ切れたようなメリルローザの顔に、グレンは口の端を上げた。
「本当に、優秀な娘が出来て嬉しいよ」
くしゃりとメリルローザの髪を撫でる手は優しい。優しいが、グレンは時々眩しいものをみるかのようにメリルローザに接する。まるで自分とは相容れない存在かのように。
(……そういえば、叔父さまには決まった相手はいらっしゃらないのかしら)
独り身の男爵。浮いた話も、恋人の影もない。それとも単にメリルローザが知らないだけなのだろうか。
「さ、それじゃあ夕食にしようか」
朗らかに笑うグレンに返事をしながら、メリルローザは謎の多い叔父の背を追った。
***
「なんだか、昔を思い出すわね」
空が薄紫に染まるのを窓ガラス越しに眺めながら、フロウは口元に笑みを浮かべた。
ナターリエの部屋にある、刺繍のカバーがかけられた丸椅子はフロウの特等席だ。
張り出し窓に腰かけるのはヴァンの癖。定位置に寄りかかりながら、彼の視線はいるはずのない誰かがそこにいるかのように、空っぽのデスクを見つめる。
「あの子、やっぱりちょっとナターリエに似てるわ。なんだかんだ言ってお人好しなところがあるし、血の繋がりってあるものねぇ」
「……そうか?」
「気付いてないふりをするのはやめなさいよ。あなたがあの子を見る目は優しいもの」
長い足を組んだフロウが、その上で頬杖をつく。ヴァンはそんなフロウの視線を断ち切るかのように、窓の外へと視線を向けた。
「気付いていないふりなんかしてない」
「あらそぉ?」
「似ているところがあったとしても、ナターリエとメリルローザは別人だ。俺はあいつにナターリエの影を重ねているわけじゃない」
「……そうね。アタシも失礼なことを言ったわ」
メリルローザはメリルローザよね、と立ち上がり、本棚に指を這わせる。薄く埃がかかる棚にフロウの指が這っても埃は舞い散ったりはしない。
目的の一冊を抜き取ると、中には色褪せた写真と薔薇の花弁を押し花にした栞が挟まれている。写真に映っているのは、ブロンドの美しい女性の腕に抱かれた赤子がすやすやと眠る様だ。
「……誰も、ナターリエの代わりにはなれない」
「そうね。あなたは、あの子をいとおしく思っていた。でも、時は流れていくものよ。ひとつの場所にずっと留まらないといけない理由はないわ」
「お前はそうかもな」
精霊は、人間とは比べ物にならない時を生きる。
人間に協力することがあっても、ほんのひととき重なりあった時間に力を貸してあげているだけ。少なくともフロウはそう思っている。
何人もの持ち主を見てきたフロウにとって、ナターリエと過ごした時間は確かに楽しかった。楽しかったけれど、永遠に彼女に義理立てするような気はない。精霊は気ままで自由だ。フロウはフロウのやりたいように生きる。
でも、ヴァンは違う。
特別なナターリエを忘れられずにいるヴァンは、自らがんじがらめになっているように見えるのだ。もっと自由に生きればいいのに、とフロウは思う。
大切なものを亡くして、苦しんで。
新しく出来た大切なものに触れるのを躊躇う。損な生き方だ。
人間の血を貰っているから、考え方も人間のようになってしまうのかしら。
愚かな同族は、執着を持たないフロウにとっては時に羨ましく映る。
「メリルローザはナターリエの代わりじゃない、って誰よりもあなたがわかってるんでしょ? だったら、今のあの子をちゃんと見てあげなさいな」
部屋に入ってこられないまま、足音を殺して去っていった少女の気配を感じながら、フロウはため息をついた。
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